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私は以前、ジラァド裁判で前橋地裁の河内雄三裁判長についての判決を書いたことがある。裁判官が裁判官として存在する要素の一つは正義の顕現である。その正義が客観的に正しいと誰でも認める判決でなければならないのは言うまでもありません。
陸山会裁判の東京地裁の登石郁朗裁判官の判決は明らかに政治的な要素を含むことを思慮しながら、裁判官の思惑で決定した最悪な判決である。もし、私が被告の立場に立たされたらと、考えると推定で犯罪を創られたらいたたまれない。裁判を傍聴していて、私はいかに日本の裁判に日本人としての正義が希薄かを嫌と言うほど知らされてきた。その中でも今度の裁判の判決は、時代に逆行するばかりではなく、正義より裁判官の思惑(主観)が先行し、客観性の希薄な最悪な判決だと信じて疑わない。
またぞろ、政治と金の不毛なやり取りが繰り返されるだろう。「政治と金」の問題が必要ないとは言わない。それは政治の問題ではなく正義の問題なら私も耳を傾けるが、ある腹の黒い陰険な勢力のために利することなら、私は声高に反対を叫ばなければならない。
そう言う意味では、この登戸裁判官は偏重な自己保身の裁判官だと言えないだろうか。私としては一言、もの言わなければならないと思った次第である。
今日も二回の地震の警報が告げられた。この頃は、まるで日本列島をいたぶるように地震が波状的にやってくる。何か言い知れぬ不安が私の胸の中にくすぶり続けて、行き場を失ってとどこっている。故事に天災は人災に転化するという。政治にしろ、世情にあっても、緩みぱなしである。私は小澤シンパではないが、客観的に観て、小澤元秘書の東京地裁・登戸郁朗裁判長の判決は、裁きを逸脱した創作の世界に踏み込んでいる。最早、この状況は輪郭が崩れた乱世と言って言いと思う。
今、私が言いたいのは、具体的な政治や裁判の判決についてではなく、何かつかみ所のない渦巻き状態についてである。過日、中国の逸話で瓢箪を裂くと中から吸い込んだものが露出すると言う話をしたことがある。その時、私の潜在意識の中から、ブニュエルの超現実的不条理な現象が現れたと述べたのを覚えているだろうか。つまり、月が雲間に隠れると、女の顔が現れ、右目が大写しされる。すると、かみそりが瞳孔を切る。中からゲル状の粘液が流れ出る。その映像を視た時、いい知れぬ不条理は得体に知れない不安感が訪れる。今、私はその不安感を思い出していた。
小松左京が想像したように日本沈没はやってくるのだろうか。それとも単なる思い過ごしなのだろうか。気がかりである。
田畑喜作さんの主張は多少、奇抜なところがある。論拠が実証性を欠くところがあるが、まるで的外れともいえない。「古事記」の大久米命の安曇目に触れ、「久米」は「クメ~ル」の日本語化であり、久米島(沖縄の東)の「クメ」も、この地に移住してきたビン越人(クメ~ル人)に由来している。と言う。
クメ~ル人の子孫には、現在のカンボジャ人、広州、香港のアマなどがいる。身長は1・65米、頭髪は波状で斜視眼が多く、モン・クメ~ル語を使用する古代言語帯に属している民族である。
このことは、南九州の隼人の容貌に近く、南方系の民族の特長をよく現している。私は、所謂「倭人」は中国南部・東南アジア・ポリネシアなで含む広範囲の種族だと思っている。そのことは彼等が航海を得てとする「海人族」の証左でもある。野間半島は古来より、漂流や航海・交易、亡命などにより渡来の頻度が多く、阿多の種族もまた、その海人としての性格上、抱擁力に富み柔軟に彼等を受け入れてきたことは容易に考えられる。そう考えると、田畑説も強(あなが)ち、根拠のないものだとは言えない。

東南アジアと言うと、チベットについて面白い伝承がある。
最初の伝説的な王、ニャテイ・ツェンボを初め、初代の王達はいずれも「天孫降臨」として、天から地上へ降り立ち、死後には一本の綱を頼りに昇天したと、伝えている。

チベット山系から金沙江が流れ、それは長江の上流に合流する。チベットの伝承が川の流れと共に、文化が伝承される可能性は残している。勿論、それは可能性に留まるが、その実証が望まれる。
今日は、朝、「人形について」のブログを書いてから、通常なら各公共機関に「古事記普及運動」に行くところですが、意欲が湧いてこない。この約一ヶ月各所に話し合いに行った経験から反応が鈍いのがわかっているので、どうしても気持ちが萎えてくる。あれこれ考えているうちに、0時になってしまい。折口信夫の「こかいびと」を読んでいるうちに縄文の土器から土偶そして「えびすかき」また、「人形操り」と想像力が広がって、気がつくと3時が過ぎていた。現実の世界より想像の世界の方が面白いと言うのは、いいことではない。大事なのは現実なのだが、こまったことだ。しかし、それが現実なので仕方がない。明日は意を決して、行動心を鼓吹しなければとも思うが、うまく行くだろうか?ガンバ堀。

考えた末、少し外交は休止しようと思う。鹿児島に依頼した質問状を確認してから、次の行動を決めるのがいいと思う。
2011.10.03 人形の棲家
思いつき、と言うか。直感で、人形の起源は神木だと思う。直感で論拠が希薄なのだが、年なのか忘れっぽ苦なってきたので、素材のまま書き繋ごうと思う。
人形には不気味な魅力がある。死んでいるのに生きている、よく視ていると吸いよされるような神秘的な力を感じる。私は以前から、その原(もと)はどこから来るのか考え続けていた。ある日、夜空をみていると、空が俄かにかき曇り、一陣も風が吹き、驟雨が襲ってきた。すると、ピカリと空が光り、神鳴りがなり、落雷した。どうやら神宮の森の樹木に落ちたと知る。その時の状況はまるで、大きな玉串であった。
古来から、老木は神の依代と言われている。天から降りた神は大木に棲みつくと言う。その樹木は船になり、櫛になり、人形になる。これはこじ付けに近いが、樹木のことを古語では「ククのチ」と言う。これは「奇奇(くく)の霊(ち)」と書く。つまり、樹木は神が宿る棲家に違いないと私は思う。しかし、まったく根拠のないものとも言えないであろう。
その神が宿っている樹木を梳(くしけず)って、人形は創られるのである。だからこそ、人形には奇しき神秘性が宿るのであろう。今は、思いつきなので、この辺までしか語れないが、もう少しこのテエマは研鑽したいと思う。
洞庭湖で魚を捕っていた漁師が一人の乙女を助ける。この乙女は龍女が姿を変えていた。龍女はお礼に珠をくれ、竜宮に来るように言う。漁師は珠を持って湖底の龍宮へ行き、二人は楽しく暮らす。しかしある時、漁師は母が恋しくなり、帰郷することになる。その時、龍女は、宝の箱を手渡して「何時でも寂しくなったらこの箱に向かって、私の名を呼びなさい。でも、決して、この箱を開けてはいけません」と言う。漁師が帰郷して見ると、母はとうの昔に死んでいて、村の様子はすっかり変わっていた。竜宮の一日は人界では十年になる。漁師は驚き悲しんで、その理由を龍女に聞こうと、慌てて宝の箱を開けてしまった。すると、美しい若者はたちまち老いた白髪の老人に変わり、やがて洞庭湖の畔で死んだ。
今日、永六輔のラジオ番組で松田明美との対談で「ボルトの失格」について話してたのが大変、面白かった。
私も陸上競技の選手だったことがある。しかし、私の家は貧乏だったので、陸上に所属したかとがないから、全部独学なのだが(但し、新聞配達が走る事の訓練になっていたかもしれない)、走ることは得意であった。運動会では百米からマラソンまであまねく選手だった。成績が好かったのはマラソンだった。
永の話題は短距離のスタァトのことであった。何故ボルトがスタァトに失敗したかの原因は彼の心理的な部分と感覚的な反応に絞られていた。永ははボルトの感覚的な欠陥をあげ、相撲の立会いを参考にすべきだと言う。私もそれには異論がないが、永は立会いは肌で感じるべきだと説く。大相撲の立会いをまじかに見ていると、肌は緊張して総毛だっている。その「間」こそ大事だと言う。そのとうりだが、私はそれは肌で感じているというよりか、「気(き)」を感じて、行司は軍配を上げるのではないかと思っている。理屈をいえば、行司は双方の「気」が無傷の空間を作って、お互いの「ゼロ」からの出発点を演出するのだと思っている。
私は百米競争を代々木の国立競技場で経験したことがある。大体、短距離はスタァトでほぼ、勝敗が決まる。だから、スタァトは大切なのだ。あの瞬間は結論から言うと、一か八かの「賭け」なのだ。その「賭け」を左右するのは、やはり「気」を感じることだろう。私は競技が始まる前、暫らくスタァタァの「くせ」を掴んでおく。そして、心の中で「ヨォイ」から「ドン」の間を掴んでおく。そして、勘で飛び出すのだ。その時、無心でいられれば、スタァトは無難に切れる。しかし、迷いがあって何かを考えていると、やはり「間」は汚れてしまい、失敗する。
ボルトは隣の選手をよく知っており、出遅れが勝敗を決めると考えていたと言う。だから、相手の膝が少し揺れていたのが目に入り、一瞬の判断に迷いが興ってスタァトに失敗したと言うのだ。
私は競技を経験しているだけに大変面白い話であった。
ただ、一言いわせてもらうと、スタァトは一到するまで行うのが原則だと思う。(これについてはまた、長くなるので止めます)一どや二度の失敗で失格は基本的に理不尽である。大袈裟に言えば、死ぬまでスタァとが成功するまで続けるべきである。競技とはそういうもので、そこまで来た過程に敬意を表すべきなのである。
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