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2011.11.07 創作5
鳥居刑事は電話で佐藤を呼びだした。彼の意向で公園にして欲しいということで刑事は公園の椅子に腰掛けて待った。
佐藤は痩せた背の高い男でなぜか百舌を思わせる顔つきである。足早に佐藤は鳥居に近ずくなり
「刑事さん。よしてくださいよ。独り言はあの一回にすると言うことだったでしょう」
紺の背広はしっかりと折り目が整えられていて、着付けに隙がない。
「申し訳ない。私も大伴さんの星をあげるに必死なのですよ」と、言い訳をする。
「私も協力するのにやぶさかではありませんが、こう度々だと省内の目と言うものがあるので気を使って戴きたいものですね。大体、尋問は二人なのではないですか」
鳥居もこの手の人間は苦手である。物事を万端、知悉していて揺さぶりも誘導尋問も通用しない。かと言って、誠意さえも通用しないのだ。これが正規の事情聴取でないことを見抜いている。鳥居が刑事ではなかったら、無視されていただろう。
「すみませんね。殺人事件でなければ呼び出したりしません」
これも佐藤の事情を考慮したのだとは言えない。彼はそれが解っているくせに先を読んでいる。
「十分だけですよ。この後、会議があるのですから」
「申し訳がありません。先日、大伴さんが省内の飲み会の最中、一人抜け出した。と、おっしゃいましたね。どこへいかれたか解りますか。飲み屋なのかもっと別の雰囲気なのか」
「解らないな」
佐藤はぶっきら棒な口調で言った。と、少し顔色が変わったように見えた。
「何か」
「そうだ。もう数年前なのではっきりした記憶が残っていないけど、彼が助力を求めてきたので、それに応えたことがあった。それが参考になったとかで、彼の馴染みのスナックへ招待されたことがある。そんなことは珍しいので覚えている」
「どこだか解りますか」
「もう、かなり時間が経っているので忘れたな」
「場所はどの変です」
「ああ、あれは確か、四谷だったと思う」
「店の名前は解りますか」
「無理だよ。古いことだし、一度きりだからな」
「よく思い出してください。動物とか人の名、地名もありますよね」
「そう言われれば、確か、花の名前だった気がする」
「何の花です」
「忘れたな」
と、言って彼は腕時計を眺めてから、「もう、省に戻らなければ、会議がはじまる」と行きかけて「こんな調子の尋問は今回限りにして欲しいね」とダメを押す。
鳥居刑事は両手で顔を叩いてから、立ち上がった。
この人の著作を読んで何時も思うことは、連想ゲ~ムと推理ゲ~ムの連続で飛躍が多すぎて解ったような解らないような奇妙な気分である。
最後の結末を少し披露してみよう。「猿田彦大神が塩土老爺(住吉大神)や弥五郎ドンによく似るのは、この神の課正体が竹内宿禰と考えるとうまく説明がつく」と書いているが、いくらその同一性を説明しようとしても、短い紙面では無理である。例えば塩土老爺が住吉大神と同一人物だと書かれても、塩土は綿積神であり住吉は筒男神で確かに同じ禊で現れるのだが、綿積神は安曇氏の始祖で筒男神は津守氏の神である。と「記・紀」に記してある。この差異を論理的に説明しなければならないのだが、この人は連想ゲ~ムで解決してしまう。だから、一瞬解ったような気になるがよく考えると単なる語呂合わせ打と解り妙な気分にさせられてしまう。
時には明らかに間違えていると思うことでも平気で喋りまくる。安曇族は宗像族であると言う。確かに同じ海人族には違いないのだが、安曇はイザナギの禊で生まれた海人族で宗像は天照大神とスサノオとの誓約から生まれた髪である。イザナギは安曇氏の祖・綿積神が生まれた後に天照大神とスサノオ・月読神を生むのです。禊の後裔が誓約の結果、宗像三女神を生むのです。(これは私見ですが、安曇は江南系で宗像は新羅系なのです)
今、述べたことで解るように、安曇と宗像は別系列の海人族なのです。それを関裕二は同族と言ってはばからない、その説明も十分ではないのです。(私は説明の余地はないと思います。明らかに間違いです)
今、述べたように彼は確かによく著作を読んではいますが、知識に追われて検証が等閑になっているような気がします。
一箇所に「隼人」と「安曇氏」が同族と書いている所があったので、注目して読みましたが、結局、彼は渡来系と先住民の区別に言及することもなく、通りすぎました。「隼人」が大和朝廷のなずけた用語なのでその語源にもふれなければならないと私は思うのですが、どうやら「隼人」と「熊襲」を同列に置いたまま話を進めてしまったようです。出来れば「曽於族」との関わりや「阿多隼人」「薩摩隼人」「大隅隼人」「甑隼人」の歴史や曽於族と熊襲(彼の得意な語呂合わせ<襲>と<曽於>の意味なぞを解明してっ欲しかった。しかし、彼は説明なぞ必要ないのか急いで駆け抜けていったようです。

ただ、博学なのでなるほどと感心させられることも多いので、惜しい著作だと感じます。
天孫降臨に関しては参考になりませんでした。
2011.11.06 創作4
氷川神社殺人事件の被害者、大伴雄三は国土通産省のエリ~ト官僚であった。東大法学部から国土通産省へ入省して、順調に出世街道を歩み、省内の評判も悪くない。秀才にありがちな冷徹な合理主義より総合的な判断が出来る人間であった。根回し和尚と言われるように関係部署への根回しや業者との交流とソツがない。業者との関わりと言うと不正の臭いが懸念されるが、彼に関しては潔白とは言わないが、そんな雰囲気を感じさせなかった。
大伴家は奈良県出身で由緒ある氏族の出自である。代々地元の富豪の家庭は有能な人材を地元ばかりではなく、中央の政界や財界にも人材を送り込んでいる。
雄三の父親はその大伴家の次男坊でこの家系には珍しく日本文学の学者であった。雄三はその三男で子供の頃より温和で物怖じしない子であった。地元の人々は皆、彼も父親を見習って大學教授を目指していると思っていた。しかし、彼が選んだ道は国土通産省の役人であった。その理由は彼が黙して語らなかったので、知るよしもないが、何か訳があったことは事実であろう。今となっては闇の中である。
ゆっくりと佐伯警部は下高井戸署の二階・第二会議室へ向かった。氷川神社殺人事件特別捜査本部gs設けられている。本部長は警視庁捜査第一課が長鳥居孝則を任命し、捜査係長には佐伯龍造が仰せつかった。この事件の実質的な指揮者である。
佐伯警部は鳥居課長の前の席に座った。その横は佐伯の懐刀の土居彰浩がしきりにパソコンに向かって入力している。
「なんかあったかい」
声をかけると、土居は顔を上げた。
「お手あげですよ。聞き込みも、聴取も手がかりが一つもない。通り魔ですかね。そうとしたら、厄介ですよ」
「そうか。煙が出ないか」
鳥居も20年の経験を経たベテラン刑事である。今度の事件がいかに遺留品が少なく、事件の痕跡が希薄ののは例を見ない。
「手がないですよ」
と渋顔をつくる。
佐伯警部は暫らく鳥居刑事を見つめてから
「正攻法で行くしかないな」
聞き込みと事情聴取を念入りに行うことしかないのだ。そして、どんな小さな現象も見逃すことなく、気を配ることが事件の展開を拓くのだ。それが経験による教訓なのだ。
佐伯警部は暫らくは両手で顔を覆い、無言でいたが、ふと思いついたように
「省内の聞き込みは進んでいるかい」
と尋ねる。
「あの大伴と言う男は内部の評判は至極、良好です。ただ」
「ただ、なんだい」
「いいえ、官僚なんてものは意地汚い人種で心の中では悪態をついていても、表には一欠片(ひとかけら)も心情を出さない特殊人間なのですよ」
「・・・・・・」
「いやね。官庁の聞き込みは初めてではないのですよ。公式に聴取すると、本音はおろか、事実さえ出てこない。そこは蛇のみちはへびですよ。私的に、しかも個別に話を聞いて見たのですが、酒が入るといつの間にか一人で消えるそうです。彼も悪害はないので追求はしないそうですが、一人で消えると言うのは、一寸引っかかりますね」
「どこへ行くのか、解らないだろうな」
「そうなんです。大伴がやり手で敵が多いと追求もされるでしょうが、人を踏みつけて行く人間ではないので、まあ、いいかと言ったとこです」
「その消えて行く先は探れないだろうか」
「難しいとは思いますが、聞き込みをして見ます」
と、鳥居は席を立った。そして、一人で署を出てゆく。原則として聞き込みは二人一組であるが、鳥居が単独行動をとるのは佐伯警部の意向を汲んだからに過ぎない。
2011.11.05 創作その3
佐伯警部は源助との対話を諦めて下高井戸署に電話を入れて、国津の出雲への転出を確認すると、すぐに息子の彦一に電話をする。
彦一は井の頭線の終点駅・吉祥寺に住んでいる。埼玉県立U高校の社会科の教諭をしており、余暇には古代史の研究にいそしんでいる。
「彦一、少し聞きたいことがある」
彦一は「珍しいですね。父さんが私に尋ねたいなどとは」
佐伯警部はそれには応えずに続ける。
「国津が出雲に出かけた。その意味を聞かせて欲しいのと、ニ三聞きたいことがある」
浜田山は井の頭線にあり、吉祥寺はその終点駅であった。警部は吉祥寺の駅前の喫茶店で息子と待ち合わせることにして電話を切った。
喫茶店に入ると、息子は店内の右隅の席で本を読んでいた。
「待ったか」
息子の前に腰を下ろすと、そう声をかける。
「早かったですね」
息子はそう言って顔を上げた。
「宮司が留守では仕方がない。西村源助では話にならないからな」
「そうですか、それで」
息子は警部には前置きが必要ないことぐらい周知のことである。
「事件に関係があるかどうか解らんが、わしの予備知識として、ニ三知っておきたいと思ってな」
「・・・・・」
「まず、国津が研修で出雲へ行った本当の理由は何かが知りたい」
「ああ、そのことなら簡単ではないですか。出雲本貫殺人事件なぜか、心に妙に架かるので聞くのだが、神社の拝殿の北側に小さな古い祠を見つけてな、<荒脛巾神>と幽かに読める。あれは何だ」
「父さんにしてはいいとこに目が行きましたね。私もそれは大変興味がありますよ」
「そんなことはどうでもいい。説明だけをしてくれ」
古代史研究家は苦笑しながら話し出した。
「少し、専門的な話になりますが」
「わしにも解るか」
「それは大丈夫です。つまり、敵と味方が一緒に祀られていると言う日本独特な宗教観についてです」
「文化的に戦を熟達した民族と穏健な原住民族との差で、原住民族、つまり縄文原日本民族と渡来系の戦争を多くく経験した好戦民族では勝負は目に見いえている。先ず、結果は縄文原日本民族には勝ち目はないです。渡来系民族の軍事力は強力で、縄文原日本民族を服従させるのは赤子の手を捻るようなものでです。その戦勝民族が大和朝廷ですよね。大和朝廷が土着の民族が守っている産土神を駆逐するのは容易いことでです。戦勝国は力で支配民族に改宗を強制します。まあ、国を動かす哲学的なものですから、高天原思想を啓蒙します。その強制力で先住民のアニミズム思想を屈服させて行くのです。しかし、永年培ってきた思想は表面的には変えられたように見えても、心の中まで変えることは不可能です。その内面の恨みの深さは残るわけです。それに大和朝廷は残虐行為で土着民を屈服させてきましたから、表面的にも内面的にも後悔の念が残っています。その後悔の念が祟りを恐れる鎮魂の祈りとなって、神社に祀るのです。それが末社として残ってくるのです。主殿は自らの主神を祭り、そのエリアで敵方の神を鎮魂と言う形で閉じ込めます。それが末社です。荒脛巾神を祀るのはそういう理由からです」
「そうか。神道の裏の事情と言う訳か」
「そうですよ。だから、祟りみたいな現象がでるのでしょうが、圧力者は只管に呪術者を使って鎮魂に勤めるのです」
「あの祠には、その霊魂を閉じ込めたと言う訳か」
「そうですね」
警部が国津家の玄関に着くと、源助が紺の甚平すがたで落ち葉を集めていた。
「精がでるね」
そう、警部は源助に声をかける。
源助は玄関前を掃く手を止め、一瞬警部の方を眺めて、返事をせずに再び掃除を始めた。
警部は先の事情聴取の時でも口数が少なく、無礼とも思われる態度を知っていたので、源助の振る舞いには気にも止めず、声をかける。
「宮司はご在宅かな」
源助は掃除の手を止める事もなく「いや」と応える。
「どちらへ」
「出雲」
と、ぶっきら棒だ。
事件が解決するまで、遠方への外出は警察に届けでるように通知がしてあるはずであった。朝方、警部が下高井戸署を出るときはそのような報告はなかった。
一週間前、国土通産省の官僚・大伴雄三(46歳)が氷川神社の境内で刺殺されていた。彼は早朝、神社まで走るのを日課としていて、拝殿にお参りして帰宅していた。その境内で、何者かに心臓を鋭利な刃物で一突きにされて絶命している。そのほか、左太腿部に二箇所の刺し傷があるが、警察の鑑定でもその意味がつかめなかった。初動捜査会議でも、そのことに疑問視する向きがあったが、結局、結論がでないまま、うやむやに終わっていた。神社側の聴取でも、被害者の叫び声などは聞いていないと証言されている。と言うことは、偶然の傷か無意味な行為の可能性もあるとであるとして保留事項となったが、警部はなにやら胸につかえたものが取れない印象が残った。
佐伯警部が、今日、国津宮司を訪ねた訳は、後日、そのことで何らかの情報が入っていたかを確かめたかったからである。
関東ロ~ム層からなる丘の上から下を眺めると、神田川は大きく左に蛇行して、曲がりきった先は川幅が広がり、うねって堰となる。そこで川は一段落ちて、さらに下流へと流れて行く。その両岸は延々と水田が連なり、秋ともなれば稲穂がたわわに実って、まるで絨毯のような美しさである。
佐伯龍造警部は氷川神社の北端から神田川を背にして神社の森を抜け、氷川神社の宮司・国津邦彦(63歳)の住む家を目指した。
国津は妻に先立たれ、子供も家から離れ、一人身であった。身の回りの世話は数代国津家に使えた西村源助(60歳)が妻と二人で面倒を見ている。両家の使従関係は江戸時代からと言われ、変わることなく続いている。
いや、それ以前からかも知れないが、それを確かめるすべのないことから、村の長老も江戸までしかさかのぼれないのだ。長老の語るところによれば、西村の家系は忍者とも、ヤクザとも言い。その出自は不明である。ただ、数代前から香具師として氷川神社の縁日を仕切ってきた。日頃は村の顔役を引き受け、揉め事などを仲裁していた。その流れが現代まで到るが、ここ数十年は世情は大きく変わり、祭礼は衰退して、民主化とやらで人情は著しく薄くなった。顔役も訴訟が大勢を占めてきて、源助を頼ってくる村人もめっきり減り、何かと言えば後腐れのない警察に村人は掛け込むやうになった。数年前には源助もヤクザ家業の足を洗って、古物商に鞍替えをしていた。ただ、源助は国津と神社の世話だけは以前と変わることなく続けている。
私は自分が映像を中心に創作を選んだのは、文字を武器に創作する才能を欠如しているからと考えたからです。つまり、文字に対する劣等感があったからに外なりません。
今ならそれは間違えだと、はっきりいえます。私は愚かにもそこから逃げたにすぎなかったのです。文字が持つ多面性に挑戦しなければならなかったのです。愚かにも、私は今、そのことにはっきりと解ったのです。カフカが城に入る努力(城とは私達の理解を超えた不条理、例えば生死の本質が解らないのにそれに挑戦する勇気<愚かさ>を言うので、城はその厳然として聳え立つ神の域(いき)のことです)を今、私は敢えて挑戦しようと考えたからです。愚かですね。諦めも時として、美徳なのですが、私は粘ることを選択しました。多分、このことを自主性と言うというのだと思ったのです。

今まで、何回ともなく、TVからラジオへの転向を話してきました。即物的な映像より想像力を喚起する言葉に本物を見たからです。そこで様々な人の話を聞いてきました。私は、米国は少数の誤った人たちが支配する国だと思っています。だから、私は米国が嫌いなのです。しかし、ア~サ~・ビ~ナ~ドのような人と合うと米国の懐(ふところ)の深さを思い、複雑な気になります。あの愛国心と言おうか、確固たる自主精神は素晴らしいと考えます。彼はアメリカを愛するからこそ、自国の誤った偏(かたよ)った帝国思想を批判できるのです。今の日本人に欠如している精神だからです。私は、はっきりと彼は真のアメリカ人と認めることができます。私も、現在のアメリカの悪しき経済主義は間違っていると考えます。彼はそのことを敢然と主張します。まあ、そんなことはないかもしれませんが、米国は自分の思想に合わない人間は力で抹殺します。謀略や殺人、手段を選びません。何人の優秀な人たちを闇に葬ってきたことでしょう。ア~サ~がそうならないとはいえないのです。今のかれの地位を奪うなどは、独断的な人間たちにとっては簡単なことなのです。自分の手を汚さずに謀略と言う卑劣な手段で葬ります。ア~サ~はそのことを百も承知で発言します。その主体的な精神こそ、私は尊敬に値すると思います。以前から、ア~サ~の発言には触発されることが多かったのですが、多分、あまり意識はしなかったのですが、彼の自主性がじわじわと私の愚かな行為を決断させたのかも知れません。でも、私は思います。何と素晴らしい愚かさでしょう。「愚かさの事はじめ」です。ここから私は始めようと思います。

2011.11.02 創作の下準備
私は浜田山と言う所で育ちました。町を南に下ると神田川が流れ、川を渡って、坂を上れば、八幡神社が見られます。30年前までは、秋になると収穫祭が大々的に催され、町中祭りで彩られる。山車や神輿は各町ごとから担ぎ出され勇壮なものだった。神輿は町中をうねり回り、寄付金や付き合いの悪い家の垣根などを破壊したものだった。神社の境内には出店が並び、舞台には余興や神楽で賑わった。
ここを小説の舞台にしようと思います。しかし、八幡神社では私が考えているテ~マとは合いません。八幡はどちらかと言うと天孫族側の神社で際神は神功皇后と応神天皇です。私の主題は「復讐」なので、氷川神社に変えてみました。
私は大宮の氷川神社を少し調べてみました。今の際神はスサノオウ命とクシナダ姫と天照大神です。しかし、その以前は「荒脛巾(あらはばき)神」と言って、縄文以来の地方神です。つまり、大和朝廷が侵略してきて先住民族を滅ぼし、産土神(うぶすなかみ)を排除して、新たな天孫系の神々を祀ったと言うわけです。しかし、面白いのはスサノオウは二つの側面を持った命(みこと)で天孫神でもあり、国津神でもあるのです。(古事記の出雲神話・ヤマタノオロチ神話がその初めです)
そのことに私は注目して、複雑な立場の神として祭る氷川神社を八幡神社におき変えて、推理小説を始めようと思います。
大まかな構想は固まりつつあります。後は具体的な表現の問題です。こいつが厄介で私の読書経験から言うと、それが成功か失敗かを左右します。やるからには成功したいですよね。では。
次回は文章にして、登場
2011.11.01 書く意識
先日、推理小説を書こうと思うと宣言した。まだ、確固たる構想は出来ていないが、漠然とした主題はある。「意識の連続性」がきっかけである。
国土省の大伴雄三(45歳)が氷川神社で心臓を刺されて死んでいた。それを佐伯(サエ、この意味は抵抗するという意味です)親子がその事件を解決する筋になる。関東・大和・出雲が舞台で、杉並(私の生まれた地)の浜田山の氷川神社(神田川の高台にある)の宮司・国津国彦とその社務所の雑用係西村源助(元家具師・部落民か)を絡めた小説にしたいと思っています。
今日、暗いニュ~スが乱立して胸騒ぎさえする。タイの洪水による日本企業の損害、パナソニックの労働者の一万人削減、TTPの財務省と外務省のゴリ押しによるアメリカへの依存傾向などの経済力低下はもう恐慌と言えるだろう。ここまでくれば、抜本的な公共投資しかないと言える。
電柱の地中化による地下道の建設や森林整備の実施と言った内需拡大の政策こそ必要なのでないか。最早、多国間経営の見直しが必要なのだろうと思う。元々、日本は資源が少ないと言った情報が喧伝されている。これは工場生産としての視点での情報であろう。だが、森林資源や農業資源としての豊かさはどうであろう。まだ私自身、情報の把握が十分ではないので、これから様々な検討が必要なのだが、他国の押し付けだけでなく純粋に国民の立場での考察が必要な時期に来ているような気がしている。このままで行くと間違えなく恐慌になって行くだろうし、貧弱な政治力ではずるずると地獄への道へ落ちて行く。
日本国民は惰眠を貪る余裕はないのである。もっと賢くなって、先を見据えて、先へ先へと手を打ってゆかなければならないだろう。その先見の明が今こそ必要な気がする。
私は日本人がその深層で融和の精神を潜めていると考えている。あの東北大震災の際の結束こそ日本人の底力である。今こそ、日本人のスロ~な感覚をかなぐり捨て、積極的に行動すべきであろうと思う。

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