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朝日新聞は野田氏を擁護して、小澤が「果たせぬ約束をした」責任を問うていた。
こういう提灯記事を書くから大新聞は体制よりだと言われてしまうのだ。小澤は今までその根拠を言わなかったではないか。と批判する
しかし、彼は小澤を罪人にしたて、党員資格の停止を何と言い訳するのだろうか。小澤に民主党員としての活動を停止させ、手足をもぎ取っていて、今更、その時間的な損失を何らの考慮をしないで、ただ、あら捜しに明け暮れるそういう偏った報道こそ問題なのだ。

財源探しも小澤は隠しがねだけではなく、独立法人の問題、議員数削減、官僚の経費削減、米国との防衛費の問題、戻し税の問題など財源を得る方法については小澤氏は何度も発言をしている。それらが全て上手く運ぶとは思わないが、彼が国民の立場でものを考えている姿勢は示されていると思う。大事なのは執行者が何に基ずいているかである。野田氏の意見を聞いていると、彼がかつて政見として声だかに主張していたこととはまっ逆のことをしている。これは財務省の傀儡だと言われても申し訳ができないだろう。

小澤は消費税を上げる事に全く反対なのではないと話している。時期と状況が違うと説いている。私はこの方が正当性があると思う。

一言、言いたいのは、そうした赤字を積み重ねたのは、自民党と公明党そしてそれを上手く利用した財務官僚を中心にした官僚たちであろう。
国民も愚かだったのだから、その尻拭いはしかたないとしても(財政も根本的な建て直し政策を決めること)、遣る事を遣ってから挙げるべきである。

今や、小澤さんの人格の問題なのだろう、同志を集めきらなかったこと、若手を育成しなかったことの付けが出て、本当の改革ができない状況を作ってしまった。暫らくは力を蓄え、時間稼ぎをしなければならないだろう。

それには旧自民党と蝙蝠・公明党を利用して暫らくは民主党内に留まって、民主党の自立を図るべきである。今、党を割って新党を作ったとしても、小澤自身の主張はかなわないであろう。小澤は自分の主張を完遂するべきである。

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オスプレイ軍事機配備計画を日本人は認めてはならない。

この軍事機は米国では未亡人製造機と言われています。米国の軍事計画は貧民救ざい政策の一環で、追い込んで貧民が軍隊で死ぬことを選べるように仕組んでいる。一部のエリ~トが自らを富ませるために作った制度です。オスプレイは実験です。

広い飛行場での実験が終り、今度は狭く、山と人ごみの多い環境においてこの軍事機がどうなるかの判断をかねているのです。

私は米軍が行う常套手段である他国民への実験(ヴェトナム、イラクなどの軍事実験)を思います。その際たるものが敗戦濃厚の日本本土への原爆実験を思い出します。

私は米国は非情な自分勝手な国だと思っています。日本のことなど、本質的には何も考えてはいません。その点を考慮して、日本は国益優先の態度を主張すべきです。国際問題なのですから、狡猾に策を弄して自国民の優位な方策を考えるべきです。

オスプレイ配備は絶対反対です。
2012.06.27 民主党の内紛
私は今度の消費税法案の三党合意の通過を思うに、これは大同連合の過ちだと考える。

総体的に小澤派の言い分のほうが正しいと思う。庶民の考えと近いのは小澤派である。
しかし、今度の野田氏の芝居がかった記者会見は見ていて分裂を意識しているように見える。

答えはこうだ、44人は全法案を否定した党員は離党勧告、後の13人は党員活動の停止処分だろう。これが自民党と蝙蝠党を納得させる処分である。勿論、輿石幹事長の仲介が在るだろうが、野田氏が延命するにはこれしかないだろう。

自民党はトチ狂っているから、政治より小澤排除に終始している。これは国民の生活を考えているとはいえないだろう。政治より権力闘争に思考が偏っている。
公明党は多分、彼等の多くの支持者である中小企業や零細企業、それに所得の少ない庶民の本当の意見など組んではいない。いや、腹を割った論議など尽くしてはいないはずである。ある特定の人間の押し付けを強制しているに過ぎない。
民主党は旧自民党のように財界と官僚との癒着政党に戻ってしまった。

これらの政治集団に反対するのは我々は肯定的である。なのにこの結果は納得ができないであろう。解散が最善の方法であるが、そんなことは野田の思惑とは違うので実行することはない。
真意は隠されているのだ。都合の悪いことは喋らない、馬鹿の国民はわからない、喉元過ぎれば馬鹿は忘れるものだと多寡を括っている。私はそんな腹を許すことができないのだ。
2012.06.27 小澤の反省。
小澤一郎の政策は概ね、賛成できる。しかし、彼の欠点は人材育成の戦術が皆無であったことだろう。現在の小澤党の構成員は当選一回生が圧倒的である。過去、彼は彼の政策を支持し擁護してきた仲間を受け容れてこなかった。まして若手の後続者を育てることも怠った。「清水(せいすい)に魚住まず」個人の理論だけで政党は存続はできない。彼には組織がないのだ。政治は集団である個人の行為では何もできないのである。その意味では小澤は政治家失格であろう。しかし、遅まきではあるが、小澤はうぬぼれをかなぐり捨てて、一からの出直しである。

成り振り構わず新たに突き進んで欲しい。私は加重の期待はしていない。しかし、ここが頑張りどこである。

多分、狡猾な野田氏は仙石や松下政経塾の未熟者などのもとで、偏った処分を行うであろう。それが力関係である。仕方がないのだ。今はそれを突き破るしか方法はない。誤った政治手法ではあるが、現在存在している政治屋よりは小澤政治のほうがましである。国民が未熟なので仕方がないのだ。
2012.06.25 何か虚しい。
民主党、自民党・公明党(自民宗教右派)の擬似大連合がやりたい放題をし始めた。そうした現象を議員も国民も非常に楽観ししている。

私達は前の選挙で旧自民・公明の反国民政策を拒否して投票した結果、民主党の不完全だが賛成票を入れたのである。マニフェストは少し甘い政策ではあったが、しかしその精神は確かだと判断したのではなかったか。それを未熟な哀しさで官僚の狡猾な漁夫の利政策に利用されてしまった。それは民主党内部矛盾を上手く読まれて、理由されてしまった。多分、官僚は自民党・執行部とこうもり政党・公明党の大臣ぼけ集団に取り込み、見事に民主党を分裂させてしまった。その尖兵が野田某で自説を難なく変質させたでくの坊である。いや、一部の松下政経塾なる坊ちゃん政治家達であろう。それに似非左翼仙石某が火をつける。
労働者集団の労働貴族の経団連より体質へ右傾化している事は、やはり全国電気経営集団の策謀であろう。つまり、我々が見えないところで彼等は自己保存のために必死の画策をしているのだ。
最早、小澤一郎だけの問題ではないだろう。小澤の力ではどうにもならない。我々の分散された力でもどうにもならないのだ。

だから私は歯軋りをして事態を見守るしか方法がないのを悟ったのである。保守勢力と官僚の結束に凱歌が上がったのだ。やりきれないが、仕方がない。なるようにしかならないにである。最早私は傍観するより仕方がないのだろうか。
私は古代史を考える時何時も民衆の視点を考えている。
大体、支配者は自らの自己宣伝のために書物を残すことは常套手段ではある。そこには庶民の声などは反映されてはいない。しかし、時代の繁栄は支配層の力だけで成り立つものではない。そこには庶民の力の集積がなければ成り立たないのは自明なことである。

3000年前の「古代エジプト」をNHKがファラオの側ではなく、庶民のケンヘルケプトと言う「書記」のパピルスから紐解いた放送は私には大変、興味の深い事柄を教えてくれた。

そこには子供の頃の勉強や問題集を載せ、若者の恋愛を歌い、書記になって仕事での苦労話、上司の横暴や部下の怠慢のストレスに悩み、苦労して仕事に取り組んでいる様を描いている。
彼が取り組む、様々な勉強の中には土地に関する数式や高度の数学の公式をも学んでいる。解説にもあるようにそれなの問題意識や解明法は現代人に劣らない深い学問とそれを応用した技術の現実化は見事と言う外がない。そこには、先人の学問の継承も行われ、後世に伝えるべく記録を残している。「古代エジプト」の繁栄はそのことを考えなくして成り立たなかったであろう。

3000年と言うば、日本は縄文後期である。青森県の三内丸山遺跡はそのからであるが、期せずして「古代エジプト」の集落が400人ほどとされているが丸山遺跡も500人ほどの集落だと言われているが人数的には考えさせる規模である。
エジプトの庶民はパンと肉、それにワインの食していて、骨粗しょう症も通風の形跡も見られる。それは巷間言われるように庶民は文化的に下級な生活をしていたのではなく我々と変わらない生活水準を維持していたと思われる。贅沢ではないが楽しい生活状況がそこには見られる。
繁栄とはそういうことであろう。上下が意思疎通してある程度の生活がなされていなければ続くものではない。

私は日本の縄文時代がい1万年続いた根拠もその辺にあると考えている。そして、文字を持たない日本人は何らかの方法でエジプトのように文化を継承していたと考える。それが口伝なのか印なのか今は解明されていないが何かあるはずである。
私はそれを縄文土器の文様や土偶の印、弥生時代には銅鐸の文様にその謎を解く鍵があるような気がしてならない。
文化は蓄積と継承がなくして進歩はないと思う。「古代エジプト」の放映を見ていてそのことを切実に思いあった。

私は60歳まで敗残者として、自堕落に過ごして行こうと決めたのだが、浦島太郎はふと玉手箱を開けてしまいました。出てきたのは煙ではなく、悪臭と刺激臭でした。

酒と孤独を頼りにいじけて生きるのも、懺悔としてはいいものだと考えてはいたものです。
しかし、もとより卑小な人間の厭らしさはいかんともしがたく、余りにも刺激臭の強さに、寝た子が起きてしまいました。組織も権威も持たないフウテン老人は、厭らしく浅ましい悪臭ふんぱん暴言を吐き続けようと、蟻のイッテキを決めた次第です。

一頃、末世をマスコミは喧伝したものです。2000年を過ぎるとその話題はパタリ止まります。
この世は完全に末世です。個人的資本主義は完全に疲弊して、爛熟し切っています。大事な基本を忘れ、技術を肥大させ、生産性を馬鹿にし始めたのです。欲望は限りなく、抑制はその弾力を失います。

あたしのこれは奈落の道の一理塚なのです。末世は始まりました。天は怒りを発して洪水や大地を揺り動かし始めました。人心は限りなく緩み、規範の枠は限りなく薄くなり、その防波堤は威力を失ってしまいました。最早、決壊を待つばかりです。

嫌な世の中になってしまいました。悪臭は最早、私には耐え切れません。胸は潰瘍が進み違和感は憂鬱を加速します。頭は靄がかかってその機能を失い始めています。焦燥感ばかりが先行してやり切れません。言葉は虚しく、行動は空を切れます。疲れました。眠りたいのに、眠ることも許してはくれないようです。このところ、不眠症が続いて、私のカンフル剤であった図書館通いも虚しく、この二三日は外へ行く気にもなりません。
この文章を書くことがやっとです。何とかならないでしょうか。祈っています。

私は天孫降臨に付いて調べていた時、ミャオ族の銅鼓に行き着き、銅鐸の起源がそこにあるのではないかと思い多少は調べてみました。
銅鼓は「南」とも言い、葬送の祭器として使用されていました。また、ミャオ族は呪術者としてその銅鼓を操り南(南人)とも呼ばれ、祭祀に使用されていたようです。その文様は渦巻き紋や流水紋、そして鹿や猪、狩猟者、高倉が描かれています。それらは江南の農耕民族の文様に似て、そこに何らかの意味が隠されているのは確かでしょう。

渦巻き紋は生命創生を顕わし、流水紋は洪水に対する呪訴がこめられているとされます。全体として、豊穣と創生が抽象化されていると思われますが、どうでしょうか。

ここでもし、ミャオ族がその伝道者であったとしたら、大きな問題があるのです。
銅鐸は畿内を中心に存在します。九州は道鏡や銅剣が主流です。銅鼓の伝播の過程が理解困難です。中国・江南からの伝播なら黒潮に乗ってやってきたと考えるのが自然でしょう。黒潮は東シナ海で太平洋側の黒潮続流と日本海側の対馬海流に分かれます。南北九州や出雲、北陸を流れ、太平洋側には四国、近畿、関東と流れます。

ミャオ族が江南から畿内にやって来たとすると(あるいはその文化が伝わったとしたら)、太平洋から直接、畿内に漂着したと考えざるを得ません。その可能性は薄いでしょう。これからの論証が必要となります。

また、眼についてですが、シヴァ神の第三の眼説や、異説ではありますが子宮説や空想的なのはブラックホ~ル説があります。
私は中国・蜀の三星堆遺跡の蚕叢(さんそう)の神の飛び出た眼球などが考える余地があるとは思います。
もし、眼の文様が銅鐸に抽象化されたとしたら、そこまでの過程を解明しなければなりません。

鳥居竜蔵の説によると、初期銅鐸に見られる蛇視文は明らかに古代中国のとうてつ文やきほう文などの文様の流れを引き、図形は単純だが、そこには中国の青銅器の文様が見られる。しかし、中・後期の銅鐸の絵画文様は装飾古墳の壁画と通じるものを漏っている。
鳥居竜蔵は苗族系統の銅鼓使用者が日本に移住するとともに彼等の故郷の風俗などをも齎した。それが銅鐸に現れた。と言う。

私はその問題に興味はありますが、現在、天孫降臨にまつわる「久米氏」と「安曇氏」の研究に主力を注いでいるのでそのことに関わりあう時間的な余裕がありません。
よりよい資料があったらご教授下さい。
古代日本の重要な地域は南九州・北九州、出雲、大和それに蝦夷だろう。

出雲は大穴持の神であろう。北九州は高良玉垂の神である。高良大神は物部氏・磐井氏の氏神であるが、ここにはニギハヤヒ命が主神で新羅との繋がりが強く、朝鮮系の渡来集団である。
大和は大物主の神が地元の信仰を得ているといいます。そこには長髄彦がその後、土蜘蛛や国巣、磯城、ウカシなどの種族を統括する。長髄彦の氏神は荒脛神(あらはばきのかみ)・石神(しゃくじいしん)である。そして、高良大神を信仰するニニギ命と物部氏の神、高良大神が遣ってくる。そして最後に天照大神を信望する神武天皇が遣ってきて大和を統括すると言う行程である。
天孫の系図は初期においては南九州系の王朝が優位を占めるが(南九州は中国江南系渡来種族と會族<熊襲族>との血縁族であろう)、八世紀には完全に朝鮮渡来系と先住民族との融和種族・天智天皇が王位に就き、天武天皇がそれを確立する。(天武天皇は百済系で渡来人との混血であろう)

それ程天孫族の系図は複雑なのである。蝦夷は縄文時代には独立して、特異な勢力を形成していたが、後に大和王朝に支配される。
ラジオで政治の言葉の意味を話していた。

西洋ではポリテックスと言い、日本では政治(まんどころ)と言う。これは決定的な相違である。西洋の概念は国と国が言葉を介在として、議論をして一つの結論をつける。そこで大事なのは理性であり、論理である。当然、国には各々違いがあるのは自明なことである。そこで理性的な妥協が生まれる。つまり、合理的な方法論が必要なのである。彼等はその根底に新約聖書の主題である神と人の約束事が最重要事として介在するのだ。それを人間的(民主)と言う。

一方、日本の形態は少し異なる。多分、古代からの宗教(呪術・卑弥呼の占い)と政治を総称して政治(まんどころ)と言う。

古代から、ヒメ・ヒコ性という政治形態があり、卑弥呼のような鬼道(道鏡的な占い)を好くする巫女が居て、霊感を得て当面の難事を啓示する。その霊感を側で軍事や農事などの世俗の行いを通知する補佐官の長が居て人民にそれを伝え実行する。日本の政治思想の根底にはそれがある。

超自然な事柄と人間界の曖昧な世事を統括したところに政(まつりごと)があると言う認識が我々には存在するのである。これは西洋の神の概念と異なったアニミズムの存在する物全てに精霊があると言う信仰があるのです。
多神教なのですが、「古事記」に言う、草木皆、もの言うという「物質」にさえも精霊が宿ると言う宗教に近い観念が我々には縄文古来から心に浸透している。
私達が日頃、無意識にそれを実行しているのは、周囲を私はよく観察すれば多くの事実が解かるでしょう。私はそれを素晴らしい思想だと思っています。多神教こそはその混成に「融和」の精神を潜ませているのです。意見を異なる敵にも塩を送る「優しさ」は、その融和の哲学があるからです。これは西欧人のように、神と契約したのだから、その範囲では悪事も許されると言う思想(教会の懺悔などは悪の合理の観念でしょう)はすっきりしてはいますが、私は危険だと思います。(シェクスピアのベニスの商人はその一端でしょう)

私はこの曖昧な日本人の「融和」思想が好きです。神も人もその境界を曖昧にする行為は無謀と思われますが、世界で行われる戦争に比べれば、将に人間的といえましょう。
ネットで邪馬台国・近畿説を話題にしていたが、私は陳寿の記載には三割程度の価値しか与えられないと思っている。大体、陳寿にとって、日本列島の倭はそれ程の重きを置いていなかったろう。中国の史家だから文献は正確に読んではいるだろうが、その検証は正確だったとは思われない。日本の識者は「魏志倭人伝」を過大に評価しすぎるきらいがある。あのような曖昧な表現は一級の文章だとは思われない。参考までに留めるべきである。

私は邪馬台国の関係で言えば、狗奴国に関心がある。考証はまだ手をつけては居ないが、仮説として薩摩、大隈、日向がそれに比定されると思う。魏志倭人伝には「菊池彦」「卑弥日子(ひみひこ)」が観られるが、これは「風土記」などにある、「球磨曽於」の記載のこじ付けなのではなかろうか。「球磨」は肥後であるが、「曽於」は薩摩・大隈の地名である。北九州・肥後と曽於郡とは大きな障害として国見山系が立ちはだかっている。古代では地上より船の移動が主流であり、陸の移動は少なかったと思われる。あの険しい国見山系を歩くのは容易なことではなかったろう。軍隊の行進は曽於郡が存在し、後の隼人研究(會族)でわかるように、曽於族は勇猛な軍隊である。かなりの勢力が要求される。(曽於郡が肥後を侵食することはまだ可能性がある)
陳寿は文献で「球磨曽於」を読み、それを記載したに過ぎないと推察する。

私は南九州は江南と曽於族の混血種族だと思っている。北九州はそれに比らべかなり複雑で、黒潮に乗って江南から、そして朝鮮半島から渡来人がやって来て、先住民族との混血がを構成している。群雄割拠、権力は分散していたと思われる。北九州間のにらみ合いが続く限り、南への干渉は困難であっただろう。
縄文晩期から弥生時代は権力が分散しない南九州の権力が温存されていたことは容易に理解できる。私は「古事記」の洞察力に驚くのは、かなり南九州への洞察が深いことにある。

余談だが、上野原遺跡がその遺跡の出土から象徴的な「甑」にちなんで、「會」となずけたのではないかと洞察している。上野原や野間半島のかこいノ原遺跡などは縄文初期においてかなり高い、先進性を有している。後に「熊襲」と蔑む文化の高さを「記・紀」の編者の洞察力はかなりの高い考察を思わせる。

初期の南九州の情報量の多さは野間半島の海人族によるものと恩われるが、神武東征の先進性を大いに含んでいる。私は神武東征が史実として可能であるとしての状況証拠は多いといえる。軍事力も(船と金属と情報力は南九州のほうが古代では上位だったろう)、情報力も神武側は豊富であったと推察する。
仙石氏と松下政経塾族は旧自民党と同じ思想である。最早、彼等は民主党でない。自民党と結び新自民党を造るべきだ。
小澤一郎は芸能人並に「週刊文春」に取り上げられたのだから、田中角栄のように消えて行くのだろう。愚図男なのだから、仕方がないのだが、私は岩手県人として小澤は勢力を尽くすべきだったと思う。今、彼は人間としても政治家としてもその勢力を失うだろう。政治的にも彼は壊しやとしての迫力を失ってしまった。残る方策は第二民主党として、子離れ(民主党という子)のできない鳩山氏と手に手をとり出発すべきだろう。しかし最早、政治家としては何の魅力がない。期待できないだろう。

マニフェストは、戦後米国が押し着せた平和憲法と同じやうに基本的には優れた理念である。その精神は死守すべきなのだが、しかし、それも泡と消えるだろう。
官僚とマスゴミ、財界、そして愚かな政治家が組して、悪友米国の支援を受けて日本国民を教唆してゆけば、日本国民は赤子の手を捻るようにそれらの集団の言いなりだろう。やむをえまい。

私は「青山四周らす、小国だが美しい国を自覚すべきだと考える。日本の自然を建て直し、そこに基点を置いて、地道に進むべきだと思う。
日本人はもとより、融和を根底に置くお人よし人種の集まりなのである。身を寄せ合ってこそ力を発揮する平和民族なのです。腕力の強い狩猟民族には力では劣るでしょう。狡猾で謀略好きな民族にはその策謀力にはかなうはずは有りません。しかし、三人寄れば文殊の知恵、本気で知恵を使って寄り集まらなくてはならないでしょう。
東北大震災時の庶民の底力を知るべきでしょう。身を寄せ合って、我々は知恵を出すのが最善の方法なのです。
私は自分の父親の仕事の継承を断念してから、酒びたりの愚か者に落ち込んだと思っている。
だから、戦後史についての勉強も放棄してしまった。しかし60歳になって仕事がなくなり、収入も皆無の時、誰も援助の手を差し伸べてくれなかった。それは自業自得であろう。先ず、私は妥協が嫌いな人間で、子供みたいに自説を主張してきた。社会少数派の我々の組織は縮小に縮小を続け結局は我が組織も成り行きが立たなくなり、解散を余儀なくされた。
私は自分も愚かだが、それを取り巻く人々もまた、愚か者だと思った。
小さな生活(これも大事なことだが、総合的に大事な事もあるのだが、小さき者はそれが解からない)に汲々として、心臓に大きな負担をかけても我慢してしまう。

私は政治に関する事はなるべく抑制しようと我慢してきた。しかし、大災害の復旧対策、福島原発の処理、消費税問題、沖縄の基地問題、更に原発再開宣言、これまで上げた政策のどれ一つとっても私達の生活を向上させる問題は皆無に等しい。
それに今回の消費税と社会と福祉の一体化問題を分離させようと言う野田主張の暴言である。これで彼が消費税だけを上げるために自民党と駆け引きを、いや財務省一派とてを組んで無理押しをしようとしていることがはっきりした。
勿論、財務省は野田が選挙で落選しようと、自民党に加入しようとどうでもいいことで、野田氏は可哀想だが単なる傀儡として見られていないのだから、彼は私と同じ愚か者なのだから、自業自得であろう。
ただ、我々はそうした策略に乗ってはならないのだ。頑として財務官僚の謀略に負けてはならないのである。

象徴的だが、大阪通り魔殺害事件は政治崩壊の序章であろう。

私達が自らの意思とは関係なく、こうした不慮の事件に遭わないと誰が言えようか。そこに因果関係は薄い。嘗て、犯罪には理由があった。恨みとか欲望が横たわっていた。自分で死ねないから、無差別に殺せば死刑になれると言った理由で殺人が起これば、防御にしようがない。明日は私の前に理由なき殺人者が現れるかもしれないのである。恐ろしい世の中である。
嘗て土偶展を観た時から、解説に「地母神」を強調していることに腑に落ちない感情を抑えることができなかった。
今、「民と神の住まい」を読んでいて、そのことがはっきりしてきた。この本の出版の期日が昭和35年である。当然、平成23年の現在では考古学は長足の進歩をしている。川添氏は縄文遺跡についても、かなり古びた見解で語っている。一体に彼の考古学知識は古くその見解は当時の通説に偏っている。
余りにも、縄文時代を過少評価していて、貫頭衣をかぶった狩猟民族の印象を超えていない。BC一万年には大隈の地(上野原遺跡)で定住が確認されている。それだけではない。定石遺跡や連結遺穴は燻製を始めていたし、土偶や耳飾りは宗教的な儀式が行われてた。かなり時代は下るが、縄文中期(BC5000年)の三内丸山遺跡を考えるとそこには考え方としては、近代都市構想と比べて遜色のない集会場や建築物、排水機構、生活の分業化総合的に見てかなり高度の文化水準が存在している。
川添氏は当然のことなのだが、当時の考古学に捉われて縄文時代を描いているのは仕方がないと言えるが、私はそこで感じたのは、帰納法の限界である。科学的思考は事実を分析して結論を出す。二歩先は考えられても、その先は表現するのは難しい。これが帰納法の限界なのである。しかし、何時に世も大事なのは、常識を超える創造力なのである。三歩先の意外性こそ大事な要素であるのだ。

川添氏は残念ながら、一歩先まで到達してはいるが三歩までは考察する創造性にかけた。それは言うだけは容易だが、様々な環境が阻んでいるのだが、網の目のように関係しあっている社会ではその網で生活が成り立っている以上、それを越えるにはかなりの勇気が必要である。
例えば、一つの学派に属しているとして、当然師弟関係が成り立っている。それは有機的であるはずだ。生活も学問の傾向も同じ方向を向いている。それを否定してしまえば、組織も生活も失いかねない。そんな勇気は通常では持ちえないであろう。それは誤りではあるが、理解はできる。

私は成り行きで学派も組織も持たない、素人の民間人である。何を言っても自由であるが、注目もされない。そこが世の中の面白い所で愉快な所でもある。
私は私の創造力に自身を持っている。だからこそ、60の手習いを始めたのであるが、まあ、相対的には遊びの域を超えないであろう。それを覚悟して勉強を進めようと思っている。

横道に逸れてしまったが、川添氏の限界を考えているうちに、「土偶」についての通説が少し偏りがあると気がつき始めた。

縄文時代が「母権社会」であると言うのが通説なのだが、多分それは考古学の遺跡からの判断だろう。土偶や石の遺跡がそう判断させているのだろうが、反面それを製作している側の考察はどうなっているのだろうか。製作者は男であろう。縄文における「土器乃至は土偶」の製作の位置付けはどうなのであろう。それ程容易に土器を製作できたのであろうか。社会的地位はどれ程の影響力があるのだろうか。
私はそこを少し考えて見たいと思う。
私は野田氏に対し何も言わないで置こうと思っていた。世の中が好くなるも悪くなるも自立の問題なのでその自立についてはお先真っ暗なので仕方のない現象のなのだと諦めていた。
しかし、今度の原発再稼動は余りにも軽薄すぎる。福島の検証は終わったと野田氏は言うが、そんなことを思っている国民は少数派であろう。多分、松下政経塾の人間だけだろう。何とあの政治集団は知恵が浅く愚かな人間ばかりを育ててきたのか私には疑問ばかりが思い起こされるのだ。
夏季限定は、一歩譲って見逃そう。しかしその間に福島以上の大地震が来ないとはいいきる知識の無責任さはどこから来るのであろうか。ボンベイの悲劇は絵に書いた餅なのだろうか。縄文時代に起こった東北まで火山灰を降らした火山の大噴火は起こらないのだろうか、大火山は異常な大地震を巻き起こしたことはもう二度と起こらないのだろうか。多分野田氏は絵空事だとあざ笑っているだるう。そんな軽薄な人間に国民生活が安定する等と言った重要な見解を任せてはいけない。消費税もそうだが、一つのことを決めるのに易々と断言してしまう軽薄さには恐怖感さえ起きてしまう。
私は自分の言葉で語らない人間を信用しない。自分の言葉を持つと言うことは迷いが恒に付きまとうものだ。その感覚こそが人間の価値を決めるのだが、彼にはそれが感じられないのだ。また、世界の政治化の前で厚顔無恥に官僚の狭い見解を垂れ流すと思うと顔が赤くなる。
私は今日抗議行動に出る。
神武東征の端緒はニニギ命である。この命は三男でその継続者彦火火出見尊は次男であり、神武天皇は四男である。明らかに、江南の末子相続である。
そして、安曇氏や久米氏、その混血である隼人には、文身・鵜飼の習俗そして犬祖伝説を持つ。これは中国南部の習俗であろう。一方、朝鮮系人種は儒教的であり、長子相続が基本で文身や鵜飼の習俗はほとんど見られない。彼等の始祖は鳥伝承で、犬祖との関わりは薄い。
その文化の相違は初期の南九州系と北九州系とは明らかに異なっている。但し、その文化の根源は中国文化が根ざしていて、朝鮮文化もそこに行き着く。
初期の命らの王妃は、ニニギが吾田姫、隼人との混血。彦火火出見がと豊玉姫は薩摩海人族の娘、ウガヤフキアエズは玉依姫、神武は姶良姫(隼人)と南九州の血縁で南方系の血を引いている。
特に、神武天皇の臣下はニニギの臣下である「久米氏」との関わりが深く、「久米氏」が加世田市の居住者であり、安曇目を施しているように安曇氏との関わりが濃く出ていて、江南との関係は顕著である。

こう文化の相違を分析して見ると、初期の王朝は江南の影響が顕著で、後に八世紀にははっきりと朝鮮系の種族が優位を占めてくる。天智天皇は百済系の血が入っているし、天武天皇は新羅系の血があると言いわれている。勿論、この頃は原住民族との融合は進んでいて「倭人」の血族の割合のほうが濃いであろう。
安本美典は「邪馬台国は東遷したか」でこう述べている。

「日本の神話は、ニニギ命の三代あとの子孫神武天皇が東征して、大和朝廷をたてたと伝える。私はこれを邪馬台国の東遷の史実が伝承化したものと考える。西暦280年から290年頃のことである。この頃から畿内大和で、銅鐸が消えてゆき、前方後円墳がおこり、古墳のなかには、九州の弥生文化につながる剣・鏡・玉が埋納され始める」

私もニニギ命は江南からの渡来人であり、その時北九州からニギハヤヒ命が北九州から東遷をはじめ、出雲には天穂日命が降臨したと仮説します。ニギハヤヒ命や天穂日命は銅鐸を携えて進行したのだろう。そして、海人族である安曇氏がそれらの情報を薩摩・日向を支配していた南九州系王朝に全国の海人族が齎した情報を伝えていたのである。
ニギハヤヒ命も天穂日命も、天孫族の天忍穂耳命の子孫であり、同族であることから、神武東征は綿密に企てられた戦略であった。それが三世紀であった。銅鐸の行方や前方後円墳の存在はそのことを実証しているのではないかと思われます。

弥生時代から古墳時代の支配層の存在比率は「新撰姓氏録」から割り出してゆくと、三割を占めるそうだが大方それらの渡来人は朝鮮半島からの貴人で北九州が本拠地であったろう。南九州は江南からの渡来人で特別の存在と思われるが、その機動部隊である安曇族が尖兵として南九州系王朝の斥候適役を果たし、初期においては南九州系王朝を優位に導いたと考えられる。
私はそれが、隼人や安曇族との関わりが深い「久米氏」だと思うが、まだ根拠が不足していて断言はできないがかなりの可能性を秘めていると考えている。もう少し研究の余地があるので、時間が欲しいと思っている。

私は北九州と南九州の関係の接点はイザナギ命の「禊」にあると思う。
禊は後に、誓約を生む。「禊」では安曇氏や天照大神・スサノ王を生む。そしてスサノ王は、天照大神との「誓約」で宗像三女神を創る。
このことは先ず、江南文化が先行し、其の後に朝鮮文化がそれに次ぐ象徴として捉えられないだろうか。だからこそ、神武東征が存在し、その後、大化の改新が行われるのである。(大化の改新は朝鮮文化と漢文化の結実した姿であろう)
伊勢の神宮の皇大神宮・豊受大神宮、両正殿の床下中央に、正殿とは建築上無関係に建てられている柱です。古来、極めて神聖視され、忌柱、天御柱、天御豊柱などとも称され、もしその転倒などの異常があった時には、上奏し、仮殿遷宮をして、それを改めることとされてきた。現在でも秘中の秘といわれている。
式年遷宮書祭の始め、木本祭で伐採されて、奉建されるが、いずれも、深夜の秘儀であり、その役所以外、神職でも窺うことは出来ない。その奉建日は、古く正殿地鎮祭、立柱祭と同日でしかも立柱祭前に行われた。

「民と神の住まい」より。
伊勢神宮の「心の柱」・・・埋もれている柱は一人で落ち運びできるもので、古代人はこの柱を地面に立てることによって、そこに大地に住む神や空飛ぶ精霊を宿らせることができると信じていた。この柱は夥しく原始的な呪術的なものである。
「殺人のシネマ」と言う推理テレビを観ていて、「シネマ・パラダイス」や「広島・わが町」確か日本字幕では「二十四時間の情事」だと思ったがその映画だとか、G・コダ~ルの「自活」日本字幕では「男と女のいる舗道」、ベルイマンの「野いちご」などを思い出していた。特に、アラン・レネの「夜と霧」の記録映画風の固定カメラがじっと対象を凝視するカメラワ~クには静かな感動を覚えたものです。

イタリアンレアリズムは戦争記録映画の手法で手動カメラがその現実感、臨場感を出していて、A・レネ、コダ~ルやトリュホウ、シャブロ~ルに受け継がれ、日本の大島渚や吉田喜重、篠田まさひろなどに受け継がれていた。
私は当時、理論家の松本俊夫に傾倒していて(石の詩・薔薇の葬列・・・ピイタ~を売り出す)、河辺和夫の「不良少年」の冒頭の望遠レンズで、少年の戯れている光景を見据えた映像に目を凝らしたものだった。
そんな青春の映画志向を思い出して、ハラハラと涙してしまった。
結局、母の死で父親の面倒を見なければならなくなり、親父との格闘が映画を諦めさせてしまった。こんな所にも、戦後の影が差し込んでいるのである。・・・「たら」は女々しくはあるが、現実、私達の生活が自分の夢を閉ざしたのは事実で、後悔はしてはいないが、悔しくはある。

そんな思いが「殺人のシネマ」を見ていて、フラッシュバックして来て、涙が止まらなかった。
久し振りに大粒の涙を満喫した。

今こそ日本人は哲学を持つべきだ。
私は秋元商法が嫌いだ。あの商法は弱いもの虐めそのものである。金のない若者がタレントに入れあげてアルバイトの給料を注ぎ込む。若者がタレントに入れあげるのは理解が出来るが、それを操る胴元の欲望の原理に問題があるのだ。
私は資質より努力に価値を置く。資質は親のものであり、神に属する領域の問題である。努力こそその人の責任で推し量れる流域の問題で、その努力に見合う対価こそ正当な報酬なのである。秋元らはその差額を不当に搾取しているに過ぎない。それは私に言わせれば罪悪なのである。しかし、現在は個人主義的資本主義である。その罪悪は正義なのだ。米国の経済至上主義がその先端であろう。
時代が価値を決めるわけだが、個人主義的資本主義は爛熟しすぎてきた。嘗て、基本的生産性と付加価値的生産性を述べたことがあるが、人の生きる土台にははっきりと根を張った生産性が横たわっていなければならない。付加価値だけがこねくり舞わされて、一部の階級に価値が滞留すれば貧富の差が拡大するのは目に見えている。弱者は結局、淘汰される。そして、強者はまた弱者作りにいそしむのである。それが低開発国の底上げである。
こんな鼬ごっこは当然、地球規模では世界を二極化させ、帝国かさせる。原理的にはそうなるのが自然なのである。

日本は資源が少ない国だと言われる。それならば、背伸びをしないことだ。第一、日本の国民性は獰猛な狩猟民族の残酷性にかなうわけがない。縄文時代から続く融和思想は根底から妥協を潜ませている。譲り合ってこそ上手く行くと端(はな)から思っているのだ。非常な一神教に勝てるわけがない。
古代中国の黄河狩猟民族は稲作民族の「倭人」(テイ人や苗族など)を捕虜にして、神に生贄として捧げてきた。定住民族は優しい、狡猾で残忍な狩猟民族にはどうしてもかなわない。行く末、犠牲となって殺された。

どう転んでも融和民族は狩猟一神教民族にはかなわない。年季が違うのだ。それなら日本人は日本人らしい方策で対抗すれば良い。その方法を考えようではないか。
ガンジイのように徹底的な無抵抗主義で通すのか、敵を作らず交渉技術を磨くのか、連盟主義で国と国の間をすりぬけるのか、いずれにせよ上手く立ち回る方策を立てるべきだろう。
「鬼神の世紀」は京都大学物理学科卒の先生がお書きになった書籍である。縄文から弥生の祭祀を説いた興味ある本である。

しかし、神武東征の基本的なところに見解の相違があるので、私の見解を述べていこうと思う。

西宮先生はこう述べています。
「遙か昔、九州へ朝鮮半島から渡来して瀬戸内海沿岸を東進し、大阪湾を経て奈良盆地に入って最初に水田農耕を伝えた人々の伝説も象徴している・・・・」と述べています。

先ず、神武天皇が南九州から(宮崎県・津津美・・・指定不明)出発していること、その系譜(ニニギ命からウガヤフキアエズ命が南九州に居住していること、習俗が朝鮮文化より江南文化に属していること)は明らかに南中国の色彩が濃厚なのにその説明がなされていない。
東征の経路は朝鮮からだとあの険しい九州山塊を越えなければなりません。海路を使うには大きく南九州を迂回しなければならず、考えにくい進行なのです。それに塩土爺は安曇系で天孫降臨の際、會の地から笠沙にいたる道行で現れていることを思えば、安曇系の海人であることは歴然としています。薩摩に属する海人の首領でしょう。また、神武東征に重要な地位を占める久米氏は、まだ定説はありませんが、上加世田市行遺跡から出土した土器片に「久米」があるように、野間半島とは切り離せない種族です。「久米氏」は安曇目であったのはやはり、安曇系の海人族なのは確かです。

ここで安曇氏の本願が対馬の海神社にあり、そこは北九州の管轄だと言われる方もいるでしょう。

滝川政次郎教授が安曇族は中国・江南から黒潮に乗って渡来した北九州に着いた同族であると述べられています。北九州の安曇氏は渡来以後、異なった性格に変貌せざるをえなかったと思います。南に比べれば北は、中国、朝鮮、先住民族が多数住居していて、複雑な人種構成になっており、その競争意識は並々ならぬものがあったはずです。

これは私の説ですが、北九州から東征したのは、先ず、ニギハヤヒ命です。その人達は明らかに朝鮮半島から渡来した人種でしょう。「日本書紀」には神武天皇がそのことを予め認識していたと書かれています。それは大変正確な認識なのではないのでしょうか。

私はそんなことから、神武天皇は南九州から東征したと思っています。西宮さんのように朝鮮説を採りません。中国・江南説を採ります。
2012.06.06 犬祖伝説
「犬のフォ~クロア」(大木卓著)を読み終わる。
思ったより読み応えがあった。世界に及ぶ犬伝承なので、私の主題と離れすぎて、整理に苦労したが、勉強にはなった。やはり中国南部と九州南部との結びつきを確信する。

梶井基次郎の「檸檬」は内なる起爆である。
よくよく考えると、私に明るい話題がない。脳裏に過ぎる事柄はよくないことばかり、それも内なる不満や外なる不満が渾然としてやりきれない。
私には「丸善」は遠いので、近くの新大久保の古本屋といった所だろう。

ここに東京新聞の記事がある。ある検察幹部の談話である。
「仮に不起訴ではなく、逮捕、起訴しろと言われても、証拠が集められなければ起訴なんか出来ない。証拠を無視して無罪となったら、逆に国家賠償請求訴訟を起こされるなどと大問題になる」と述べている。
これは小川前法相の指揮権発動記事についての反応である。

先の、陸山会の石川被告の有罪判決はどうなのかを考えさせられる。司法関係者はこんなにも巾があるのだろうか。あの判決は証拠を無視した状況判決そのものではないか。私としては司法関係者は決して行ってはならない行為だと思うが、その時は司法内部からは声が上がらなかったと記憶している。それが身内となると即座に反応する。しかも身内を擁護していると思われても仕方がない反応である。こんな不公平な判断はあってはならない。そしてそれに警鐘を鳴らすのがマスコミだが、まるでマスコミは政治家と思われるように一方てきな報道に終始している。その分、国民は賢くなくてはならないのに政治的に洗脳されているので、正しい声を発する事もない。何度も何度も同じことに終始して、泥沼に足を突っ込み、同じように自分の首を絞めてゆく。自業自得といえばそのとうりだが、見ている人間としてはいたたまらない。日々日常繰り返されれば、いい加減頭が狂ってくる。
「檸檬」を爆発させたくなるではないか。

遠距離操作の小さな抵抗、爆発の想像も限度を越えなければ幸いと言う所だろう。
2012.06.04 次から次へと
私が現在、一番行いたいことは、我が家族の戦後史と古代史の関係である。
それが現実には次から次へと考えさせられることが湧いてくる。政局もそうだが、消費税や財務省の横暴化、そしてこの頃は、公共事業の復活。私は一概に公共投資に反対ではないが、今、私は生産性についての単純な疑問が湧いている。
経済用語は専門家ではないので、正しいかどうか解からないが、基本的な生産性と付加価値的な生産性があるような気がする。付加価値的な生産性が近代においては猛烈に躍進してきたような気がする。だが、それは正当な歩みなのだろうかの疑問が私にはある。少し難しい問題なので、勉強しなければならないのだが、余裕が出来たら掘り下げようと忘備することにする。
犬には女神との伝承が多い。バビロニア、エジプト、ギリシャ、中国、日本・・・イナンナ女神、イシス、アルテミス、ディア~ナ、女禍、イザナミ等だが、洪水も関係がある。犬は多産で、お産が軽いとも言われ、どういうわけか女の生理には敏感で、多分、血のにおいを嗅ぎ取るので生理の女の人の所に寄ってくるのだと言う。
気がついた方もいるだろうが、女神は冥府の神が多数で、それは生死や再生との関わりで女性が舞台に立たされるのだろうが、その黄泉の門番に犬が守護されられる。

中国南部・雲南省の白族(ぱいぞく)の伝承でこんな話がある。
「大洪水後、生き残った兄妹が結婚して、犬の皮袋の中から人類が生まれた。白族は子供が生まれると、犬にかぶせた袋をその新生児にもかぶせるという。

雲南省の苗族(みゃおぞく)では、出産の前に妊婦は飼っていた犬を殺して食し子供の平穏無事を祈る。(多分、これは犬の呪力を身に付けるマナ行為だろう)

松本信広は、瓢(ひさご)が水に縁があること、盤瓢の子孫が雨乞いの呪術に長けていること、中国では優れた犬を「龍」の名で呼び(龍は水神の象徴)、水に関係が深いと考え、死者の使いとするのも、黄泉といって、冥府を「泉」に関係すると語り継がれたことから水に関係ある犬にその門を守らせたと述べる。

それらの伝承が、南部中国の犬祖伝説を生み、日本(倭)の南九州、特に隼人の犬伝説を生んだ根拠になったと思われる。
1特別会計の問題。
2独立法人の問題。
3地方への権限委譲の問題。
4議員の経費の問題。
5議員定数の問題。

年金を減額するなら上の問題を徹底的に検討してからにして欲しい。
私は戦後史を再考していて、時代には大きな展開があることが解かる。

私達は民主党が混迷した現状を変えてくれると考えたから、選挙でその思惑を託したのです。マニフェストが完全なものだとは思いません。しかし、その基本的な方向は失って欲しくはないのです。失うことは私達の行動を失うことでもあるのです。
野田氏はそれがわかっていながら、その基本的な約束を反故にしようとしています。
私は自民党は最早、過去を誤った党であると判断しています。そこに戻ることは私達を裏切ることになるのです。
傀儡・野田は(人は他人に約束する時には自分の人生を語るのです。そこには妥協の余地はありません。それを変えることは人生を変えることに等しいのです)自民党の議案を呑むことによって、消費税法案を通そうとしています。自らが選んだ閣僚を罷免しようとしています。また、小澤一郎を葬るために民主党から追い出そうと画策しています。自民党がダメなのはこうした党利党略に終始する戦略だけの愚かな政党なのです。内政干渉による何ものでもないもです。まるで自民党は私党扱いをしているのです。国民をなめています。いや、選挙で選んだ議員を蔑ろにしているのです。私は彼等のそういうところに腹が立つのです。物事にはそれが成り立った順序と言うものがあり、その順序が悪いなら順序をもってこわさらければなりません。それが、まだろっこしいが民主主義と言うものでしょう。
今の現状は何から何までその形を飛び越します。また、それを指摘する識者も皆無です。私が何時も言うように、人の心が弛緩しているからです。緩んだ心は破壊を呼びます。天災にしろ、人災にしろ。緩みこそ警戒をしなければならないし、そこを乗り越えるなら緊張感が必要なのです。

あえて言います。野田氏は自分の自主的な考えではなく、ぶれた思考から自分と自分の仲間を裏切り、私達さえも裏切ろうとしています。これは倫理的な犯罪です。許しては為らないのです。

過去の反省は心してかみ締めなければならないのです。
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