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何だかこのところ感傷的になっている。世間とは違って、私が違う世界にいるのではないかといった取り残された感があるからだと思う。

四年前、私は思うことがあって、忘れかけていた文章を書くと言う行為を始めた。その頃はノ~トで書きとめていたが、若い友人に教えられてパソコンを使おうと購入したが、どう解説書読んでも上手く使えなかった
。その内、面倒になって、器械を放棄して再びノ~トに戻った。その気持ちは自分のためぐらいに思っていたので、どちらでも良かったのだ。それから、未使用が数年使っていなかった。

それが「養成科」に通うようになって、二人の女性にお世話になり、パソコンが使用できるようになったというわけです。勿論、参考資料を読んだらノ~トは忘れてはいないのだが、パソコンを始めてから自己表現と文章修行はかなりの進歩で進んでいるように思われます。家族史や戦後史・神武東征を表現したいという当初の目的に向かって私なりに納得出来たら、一冊の書物に現したいという目標にたどり着くように努力をしてと思います。

そんな思いがこの頃益々強くなってきたのは、私が日本人として僅かながら愛国心(周囲の人々や土地にたいする密着性が増したからでしょう)が湧いてきたからにほかなりません。独りよがりかもしれませんが、今、この国は衰退してきているといった感が強く思っているので更にその気持ちが強いのかもしれません。年齢も多少、焦りに繋がっているのは否めないでしょう。何か追い詰められた気持ちが私を表現したいという心境に駆り立てているように思います。焦ってはいますがゆっくりと私は進んでゆきます。

そんなことを考えていると、私がこのような心境になった初めは、やはり「養成科」からだと思います。「縁」がそうさせているのでしょう。大事にしたいと思います。
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私が政治の話をするのは、アクチャルな問題であるからだが、その底に日本人の思考癖が流れているからである。
古代から日本の国民性は「和」を持って推進力をして来た。「和」の本質は「多いなる妥協である」数種の民族が共に行動して行くには、「妥協」が必要なのは私にも思い当たるが、時にはそれに流されるといった弊害もあるのだ。特に、ヤマトの先住民族は古代から大陸の文化を母系で繋いできた。影で行動する習慣が数世紀に及んだ。その習慣は確かにDNAに刻みこまれていったのは彼等の処世術であったろう。だが、千年の時を得て、悪い習慣に残ってしまったといえる。元来、原日本人の根底には真の「和」を染み込ませている。それが3・11の大震災に於ける庶民の底力であるが、喉元を過ぎてしまうと、怠惰が顔を覗かせてしまう。

私はその悪癖を警鐘していかならないと考え始めたのです。
安倍自民党総裁・橋下大阪市長・石原慎太郎の三人の政治家に共通しているのは、「張ったり屋」である。ヒトの飛びつくようなスロ~ガンで目立っておき、表に出て行くが一つとして実行をすることなく問題を摩り替えて、ヒトを悪い方向に導いてしまう。それが意図した考えで行われていないことを望むが、結果としてそうした方向に進んでいることは事実なのである。

今、石原氏について言えば、「横田基地の撤廃」を公約したのではないか、銀行の再興はどうなったのか、オリンピックの誘致は何処へ行くのか、はたまた尖閣島の問題を中国に喧嘩を売り、諸般の状況を悪くして無責任に他人のせいにして回避しようと言い訳をする。米国に対等な姿勢を見せるだけでなく、米国だよりで中国に宣言する。まるで野田氏と同じような安全第一の行動をとる。こんな政治家は必ず、我々を裏切る。それは過去何回も経験しているはずである。もうそろそろ気付くいてもいい頃だ。

今、大事な時期に日本と日本人はいる。少し間違えば危険な方向に向かってしまうと私は考えているのです。
「日本書紀」の天孫降臨を呼んでいると、面白い文章が多く見つかった。

私が特に気がつかなかった高皇産霊尊の配偶者が火之戸幡姫であったこと。塩土老爺がイザナギ命の子でまたの名を事勝国勝長狭であったことだ。そして、神吾田鹿葦津姫が稲と養蚕との関わりがあったことである。

特に私が久米氏の系譜を追及していたので、塩土老爺がイザナギ命が禊で生じた文章は安曇氏の系列であり、野間半島・笠沙に居住していた海人族の長といえる。それは加世田市の久米氏との関わりが濃厚であることの可能性あったことが私には希望が兆したと言える。

もう一つ、以外なのは高皇産霊命の妻が「火之戸幡姫」とされ、火山と蚕に纏わる女神であったのはどういう意味があるのだろう。想像を逞しくすれば、天香具山の女神で中国の西王母の臭いがしないでもない。西王母は生死を司る神で、機織とも関係がある女神であったことを考えれば、天香具山は不老長寿の山でもあった。といえる。

西王母は西を司る女神で、死の国の女王でもある。それは古事記の言うイザナミ神の黄泉の国の女神との共通性が生じる。ひょっとすると、イザナミは火之戸幡姫と繋がるかもしれない。そういえば、イザナミは死体から雷が光っていた。それは火と関係がないわけでもあるまい。高皇産霊命は高天原の父神である存在といえる。

時には「古事記」や「日本書紀」を拾い読みして細かく検討するのも一つの方法であると考えさせられた。
神功皇后は熊襲征伐を神に占うと(武内宿禰に琴を弾かせ、中臣烏賊津使主に審神者<さにわ>をさせる)、住吉大神(津守氏の祖)は神託を降す。熊襲は不毛でだから宝の国・新羅を討てと、そうすれば自ずから熊襲は従うというのだ。
それは伊勢国の度会(わたらい)の五十鈴宮の神・撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかいつのみたまあまさかるむかいつひめ)と尾田の吾田節(あがたせつ)の淡郡(あわのこうり)にいる神、さらに天事代虚事代玉籤入彦厳之事代神(あめのことしろたまくしいりびこいつのことしろのかみ)がそれらの神であると言う。

これは、天孫の天照大神、南九州の土着神、大和の三輪の神ことであろう。その当時の神々の頂点が神託を告げたという訳である。
その意味は大和の合意で新羅を打てと言う政治的指針なのであったのかもしれない。そのために、神託に従わない仲哀天皇は暗殺されたと言う仮説も成り立つ。占いがそうさせたのだが、ここには見事に南九州政権・北九州政権と大和政権の縮図が描かれている。

私はこの事実がこの「古事記」や「日本書紀」の編集者達が、太古からの伝承や政治状況を正確に把握していたと思えてならない。それを成し得たのは「藤原不比等」をおいて語ることは出来ない。
彼は十代から、中臣鎌足の元をはなれ、百済の歴史学者・田辺史(ふひと)の元に預けられている。当然、田辺史は当時一流の学者で、中国の正史や四経はもとより、数々の重要な書物を学んだことは推察に難くない。勿論、百済人の学者・田辺史は朝鮮半島のあらゆる歴史書や思想書は不比等に講義していたはずである。

そして、「古事記」の太安麻呂は不比等の指示を受けていたはずで、この太氏(おおし)は当時の大歌所、つまり多くの巫女が管理していた「語り部」の総局の最高監督者であった。柿本人麻呂のその監督者の一人であったであろう。つまり、その大歌所では、太古からの「天(あま)語り」や「神語り」を伝承していたと思われる。
一方、海人族の語り部(多分、情報収集としての総局の長・塩土老爺)は各地の文化や政治情報を集めていたのは考えられることである。海人族は各地の古老の伝承を知る唯一の情報機関であったとも言える。そのことは藤原不比等は把握していたに違いないのだ。

私の推測が正しければ、不比等は倭の古来からの伝承も中国の重要な書物は熟知していたと考えて間違えはないと考える。
そこで気がつくのであるが、不比等の天皇を操縦する政治手段は古来からの先住民族が母系で皇族に取り入る方法を学んだのは間違いことであろう。
ニニギ命と神吾田鹿葦津姫(コノハナサクヤ姫)を娶るのは、先住民族の大山祇の政略であったのであろう。神武天皇の姫蹈鞴姫もまた三輪族の計らいである。これは古来からの伝承に起因している。その成功例であろう。
不比等はその事実を熟慮していたからこそ、自分で大和朝廷を武力攻略をすることもなく、事実上の天下を握ったのである。自分の娘を天皇に差し出し、天皇と継承者である皇太子を自分の手中に入れたと思われる。大変な策謀家である。

私なりの不比等像を述べてみようと思う。
見た目はそれ程美男子ではないだろう。どちらかと言うと、寡黙で繊細な神経の持ち主で、女性の考えていることが解かると、小まめに行動する。それでいて、相手に軽薄さを感じさせない誠実さが滲み出ている得な人格であろう。笑顔が爽やかで、感情の起伏が表面に出ない策謀家と言うのが私の不比等像である。

私は恒に物の初めが大事だと唱えてきた。大体、物の初源にその本質が顕著なのだ。

大竹まことの番組で「東京地検特捜部」はGHQの肝いりで出来た捜査機関であると報道している。
そういえば、この機関が動いた事件は「鳩山一郎」や「田中角栄」は失脚している。今度も、小澤一郎がそうだが、その裏で米国と財務省糸を引いているのは自明のことである。
私が執拗に米国と官僚の影の影響を教鞭するのは、戦後の「占領軍の犯罪」に関ってきた経験で、表面に出てくる現象はこの両機関の影がチラチラするのを見ているからである。表面はクグツが踊り、黒子は目立たないようにマスゴミを取り込んでいるのだ。
国民は表のクグツだけに目写りがして、真の姿を知ることが出来ない。GHQを好意的に、敗戦直後はあの共産党でさえ救世主と歓迎している。まんまと占領軍の戦略に制圧されていた。べネディクトの「菊と刀」ではないが、日本民族については徹底的に分析を行っているのだ。それに乗せられて、我が同胞は歓迎の旗を振っていたのである。本当に無知でお人よしである。一部の私欲に凝り固まった小利巧な人達は裏を知りながら、それを利用している人間を私は何人も知っている。官僚がその筆頭である。
米国は例えば、ロッキイド事件で何人謀殺してきただろうか。リンカ~ンやキング、はたまたケネディは影の機関で謀殺されている。本国でも各の如しで、日本にいては「塩化スクシニコルレン(心臓の特効薬で、体内では氷解しています)」を何人の人間が手にかかっただろう。
私が米国が軍産複合体の核があるために、終局には殺人に行き着く。この事実は動かすことが出来ないと思うのだ。
私はこの事実が私の妄想である事を望むが、裏の濁流は暑い地下道に滔々と流れているのは事実なのである。
今、天の香具山について調べているのですが、色々問題点が出てきて、気が休まる暇がない。

天の香具山は「天」と「地」の両方に存在する。
両者共に呪術的な要素が色濃く出ているが、天は「天岩戸神話」の天宇受売命に関る呪術的な行いである。「地」は神武東征の地元の土蜘蛛・長脛彦らとの戦闘を勝利するために、「天の香具山」に椎根津彦と弟カシに山の土を取り、天神地祇に土器を祀れば戦闘に勝利すると、神に宣託を受ける。
ここでも、数点に問題点が出てくる。先ずは、何故「香具山」は天と地にあり、その原点はどこにあるのかと言う疑問点がある。そして、神武天皇は戦闘を左右する行為を外様である二人に託している。私達は一つの団体を強固にするためには、信頼関係が必要であると考える。椎根津彦は伊予海峡で拾った海人人だし、弟カシについては地元の兄を裏切って神武側に就いた武将である。その心の底では本当に服従したか疑問がある。そんな人間を軍隊と言う人の命を預かる命運を掛けた宣託を任せるのかと言った疑問が生じる。

このように、「天の香具山」一つとっても、様々な問題点を含んで物語は進行して行く。それが神話と伝承、はたまた史実が混沌としているために難解といえば難解な事項である。

以前、私は香具山を「カグ」を鉄と考え、金属武器を制するものが権力を握るのではないかと、考えていたが、そんなに単純なものでのないらしい。「カグ」が光り輝くと言う意味があると、守屋氏が唱えたのを読んで、「鹿児島」が火山に関る県の可能性が出てきたし、高千穂の「襲(會)」が霧島山と言う火山を抱えていることは私の持論に近ずいてきた思いもする。これからもう少し考えてみたいと言う意欲が湧いてきた。
今、私は天の香具山について二三の本を読んでいます。その中で守屋俊彦著の香具山についての著書を読み些か参考になった。意外と天の香具山は参考資料が少ない。香具山の定義や大和三山の中の位置ずけや所在の特定は記述するものはあるにはある。しかし、天の香具山の本来の意味を書いたものは少ない。その中で守屋説は非常に参考になった。守屋俊彦は香具山の「カグ」をカグツチと言う火の神に求め、「カグ」を<火の輝く>と説いて、その火を太陽に結びつける。私は「火」から「太陽」に関連に関連させる着想に作者の独断と飛躍を見る。そして、守屋は天照大神でと結びつけます。意図はわからないではないが、少し安易な気がする。その裏で作者の思惑がチラチラと見えて気になるのだ。

私は香具山の土の色が「赤い」と考えていたから、それは鉄と関係があると推定していたのだが、いまいち納得がいかない。そんな時、「火の輝く国」は直感的に触れるものがあった。
「カグ」は「カゴ」の訛りである。鹿児島の「カゴ」は「火の輝く国」と特定できれば、二つの現象を思い浮かべられる。桜島と霧島山である。共に火山で、考えれば「火の輝く」という状況である。そこで思い浮かべられるのは、「天孫降臨」の<日向の高千穂のくしふる岳>である。私はこの<くしふる岳>が理解できていなかった。朝鮮の類似説が主流を占めていますが、九州の南の果てに朝鮮半島から居住するには困難な要素が多すぎる。伝承はそこに定着するにはかなりの影響力を必要とするが、風土記や由来記にも記述が見られないとこを見ると、その影響力の覚束ない。
朝鮮説が特定できないと、<くしふる>の意味が探しきれないのだ。そこでこの<くし>が<奇>の意味で、<高貴とかウズ・超常現象>の意味が特定できれば、「天孫降臨の神聖な場所」という意味が考えられる。
そこに「火の輝く」が関連を持つと、霧島山が具体的に設定できる。

私は「襲・又は會(そ)」を鹿児島側のの襲の地だと考えているので、「襲・會(そ)」は霧島山周辺、大きく拡大すれば桑島郡(今の国分市・大隅)と言える。
すると「天の香具山」が実は、「天孫降臨」の地であると特定が出来る。つまり、大和の「天の香具山」は九州の種族の東遷が九州の地名を持ち込んでいる事実はを考慮すると、「天孫降臨の地」を象徴させたと言えるのではないかと思われる。

大和の「天の香具山」は「天孫降臨の地」の代替地であった。と言う、仮説が成り立つ。
これが、守屋俊雄氏の説を読んでいて、考えついた着想である。まだ、荒削りではあるが、この直感は手ごたえがある。進展させてみようと思う。


日本は自立すべきだ。と言うのは簡単だが、自立とは全て自己責任だということだ。
自立するとは、現状のままで生活のはずはなく、貧困に耐えなければならないかもしれない。精神的にはかなりの負担が肩にのしかかるだろう。以前に述べたとおり、日本はそれなりに恵まれていると私は考えるが、決して大国ではない。資源の豊富な米国や中国と比較するのは酷と言うものであろう。日本は日本なのだ。青々とした山並みと清冽な渓谷、豊富な海そして何より国民は勤勉で器用であることだろう。その特性は変える事が出来ない。

「倭」は中国が日本を蔑んでつけた名称である。それは「和」に違いないのだ。縄文時代から日本は「和」をもって貴しとしの観念が染み付いている。個人は弱くまた、貧しくとも、一度団結すれば、3・11災害をみれば解かるように強力な力を発揮する。それがこの島国日本人の心意気なのである。私は、予てから日本人はその特性を生かすより術はないと考えていた。資源豊富な国々と比較するのではなく、小国は小国なりの行き方があるはずなのである。私はそれが自立だと思っている。

多分、軍隊か非武装かと聞かれれば、皆、非武装と答えるだろう。ただ、戦わないで生き抜く世界などは皆無であろう。そこで私は徹底した防諜機関の設立を提案したのである。防諜と外交こそが日本の行く道なのだ。華僑やユダヤ人がそうであったように、海外へ出る者は徹底的に海外で利益を生み、それを日本本土に還元する。それが愛国心であろう。

まあ、これは私が考えた創作ののだが、今、日本はそれぐらいの覚悟でものを考えなければ、先行き沈没してしまうに違いない。
と、私は内田たつるさんの放送を聞いていて考えていた。
久米氏を追って、隼人の周辺を調べてゆくうち、太平洋側の海人族とニギハヤヒ命も調べなくてはならなくなり、天火明命に行き着く。
天火明命はニニギ命と兄弟(ニニギが弟である)である。
これは面白いことに、ニニギ命は南九州で一つの勢力を築き、天火明命はニギハヤヒ命と同族であり、天香具山命の祖であることを考えると、北九州系の豪族である。
そしてここに「播磨国風土記」に天火明のもう一つの側面を見出す。

「昔、大汝命の御子・火明命心行(こころわざわい)甚(はなはだ)強し。ここを以って父神、患(うれ)へまして、遁(のが)れ来むと欲(おもえ)ましき。即ち、因達(いだち)の神山に到り、その子をやりて、水を汲ましめ、未だ還(かえ)らぬさきに、即ち發船(ふなだち)し遁れ去りたまひき。ここに、火明命、水を汲み還りて、船の發(た)ち去(ゆ)くを見て大いに瞋怒(いか)る。よりて、波風を起こして、その船、追い迫りき。ここに父神の船、進み行くことを能(あた)わずして、遂に打ち破られき。この所以に、この所を船丘となずけ、波丘となずく」

これは景行天皇と日本タケルの説話を思い出し、なお、大汝命はスサノオウの末裔であることを思うと、新羅と金属技術の伝承者にまで考えが及ぶ。
すると、「秦(はた)・倭人(しとり)・沼方(ぬかた)・鳥取(ととり)・伊福部(いおきべ)氏」等も同族なのがその系譜として繋がってくる。非常に広く深いところで各種族は絡み合っていて私に好奇心と興味を湧かせる結果となった。
この武田さんと言う人は面白い人で、意図しているかしていないか解からないが非常に際どいことを話題にする。

放送でキリスト教の洗礼・パンとぶどう酒の話題になり(これはカニバイズムである)、セックスの食う・舐める・咬むの話題に進展させる。まあ、放送ではこれぐらいが限界なのであろうが、非常にきわどい話である。

その放送を聴いていて、私は予てから、課題として保留しておいた原始社会におけるカニバリズムを思い出していた。

人は食事をする。(これは性と密接な関係があるが、ここでは保留する)米(植物性食物)を主食にして、肉を食べる。それは生きるためで、虎はそれを鹿とかウサギの動物性食物で摂取する。人も太古には他の動物を食べて生き伸びていたといえる。虎の肉食の初源は多分、共食いであろう。いや、生命の起源を追ってよくとウイルスは共食いに近い行為をする。
マナ行為と言う行いがあるが、この意味は超自然的なものを体内に入れ(食べ)、それを自らの物とすることである。カニバイズムとはこのことなのだが、それは尾張大国魂神社の「屠人放神事」を引用した昔を思い出した。

「屠人放」とは人の肉をバラバラにするという意味である。少し、その神事を紹介すると、
<正月の三日・四日の神事として、「マナ箸」の神事が伝えられている。この神事は、二匹の「ボラ」を料理し、共食するものだが、その前に「弓取りの神事」がある事から、ここでは「弓祭」といっている。なぜ、魚を取って食べる神事に弓射の行事があるのか。昔は鹿や猪を弓で射て生贄にし、それを食をするのが「マナ箸」の神事だったのであろう。なお「マナ箸」を使って生贄を食べる前に、ここでは「屠人放」の神事がある。
男が女装して、子供の形をした藁人形を入れた桶を頭にのせて浜に行き「今年の屠人は目出度き屠人よ」と言って、藁人形の入った桶を海へ流す。この神事を人身御供の形を伝えているが、そのことは「屠人」と言う。「屠」は体をバラバラにして殺すことを言うから、本来は人であったものを人形にしたものであろう。この「屠人放」の後に、「マナ箸」の神事がある。このことから見て、「箸」は生贄に関ることが解かる。

これに似た伝承は外にもあり、太古からカニバイズムの伝承は根ずよくある。
私はこの根源的な課題を神武東征が整理されてから、本格的に考えてみようと保留していたのである。武田さんは寝た子を熾してくれた。ムズムズする。
古代史「日本書紀}・仲哀天皇の件(くだり)で、天皇が熊襲征伐で戦いに望もうとした時、「神」が神託を下す。<熊襲を征伐するより、宝の国・新羅を攻めるべきだと宣託する>
しかし、仲哀天皇はそれを疑い、熊襲を征伐をして、その戦いで負傷した。それが原因で亡くなる。

この時の「神」の顔が見えない、と言うより唐突な感がする。「日本書紀」はその類例は具体的で、「神」の名前を明記して、目的が解かるように書かれている。しかし、ここで書かれた「神」は抽象的で「神」の名が特定できない。高天原の神々とも思われないし、例えば、崇神天皇の前に現れた「神」は大物主の神(または、事代主)と言うように特定が出来るように書かれている。しかし、仲哀天皇に聖罰を加えた「神」は曖昧模糊として、不完全燃焼の感を私に与える。いや、気になって仕方がない、二三調べてみたが、答えはないまま、放置してきた。いずれの時期に究明したいとは思っているが、今は時間がない。

一番近い神は、神功皇后との関係から住吉の大神ではないかと思われる。住吉三筒男の神はイザナギ命の禊で生まれた海人系の神である。安曇氏の神とは兄弟神で天照大神との同族なので血族間の争いかもしれない。
杭州市に銭塘江と言う大河がある。旧暦の八月十八日頃に大潮が逆流して海へ向けてその周囲を荒らす。
その時、「呉」の若者は披髪文身して、手に手に十幅の大彩旗をもち、先を争い、勇気をふるって、大逆流の中に飛び込む。
それは今の時代では信じられぬ勇気であり、水練である。そこには信仰的要素が潜んでいると思われる。それ程、危険な行事である。というのは、彼等の行為は「死」を覚悟した行為である。
入墨を入れるという行為はそういう「死」と信仰を背景に成り立つギリギリの信念なのであろう。私はそこに海へ漕ぎ出す「海人族」の勇気ある生命力を感じずにいられない。「海人族」の好奇心と開拓力はその信仰と信念の力が原動力となって、結果として人種と人種の交流を繋ぎ、文明を高めて言ったと考える。
「文身」とはその力を顕在化させる表れであったと考えます。痛みとか彫られた形象にこめた呪力を信じて彼等は彫り物に自らの生命力を託したのでしょう。
嘗て、安曇荒雄が宗像の老海人に仕事の依頼を受け、引き受けた動機に「君らは兄弟ではないが、苦難の気持ちは伝わる」と言って引き受け、大時化にあって命を落とした故事が万葉集に載っていたが、それ程海は巨大で恐ろしい存在である。「呉」の海人族はその精神を根底に海へ飛び出しって言ったに違いない。
日本の文化の根底にはそうした「海人族」の精神の歴史を引き継いで成立ったっているとも言えよう。

私は鈴木満雄の「環東シナ海の古代儀礼」を読んでいて、そういう感想を持った。
A・ビナ~ドは詩人である。決して政治評論家ではないと私は強調したい。
しかし、彼の言葉はいつも私の心を打つ。今日も、彼のオスプレィの評論は本質をえている。
彼はあの軍用機を人殺し改良武器だという。その金喰い虫に米国は大枚の税金を投入したと唱える。
そうなのだ。彼は日本の安全のためにそういっているのだが、実は彼は米国の誤った政策をだんきゅうしているのです。米国のいくつかある国策のうち、大きな軍産複合体は世界を人殺しの仕組みの中に組み入れようと画策している。そうすれば、死の商人たちは自分の懐が潤う仕組みになっているからである。ア~サ~はそれを見抜いて、憂い、発言する。当然、人殺しの延長には核兵器があることを見越しているのは見事というしかない。
オスプレィは日本の安全保障のために使われると考えるのは茶番だ。それは米国の覇権政策の一環で、死の商人たちとその利権者がたくらんだ商売(最早、米国が世界の憲兵の意味は喪失ている)を日本にも肩代わりさせているのである。それを知りながら、唯々諾々とその政策を甘受している臆病者の日本の政治屋と官僚・マスゴミは、日本人を奈落へと誘っているのが解かっているのだろうか。
平和主義者、A・ビナ~ドが言いたことはそういうことなのだ。私はそこに彼の詩人の魂を見る。オスプレィの先に核兵器の姿を除き見ている彼の視野は本物である。彼こそは、真のアメリカ愛好主義者である。
私は古代史に興味を持った時には多くの疑問を抱いたたが、その中で最近、二三の事項が益々、気になり出したこと。

「天照大神の配偶者」「天香具山」「天火明命」である。

天照大神は独りが身ではない。古代史としては重要な地位を占めている。皇孫の初源であるニニギ命の父親である天忍穂耳命(皇后は萬幡豊秋津姫命)の産みの親であるのだが、その父親が不明である。聖母・マリアでもあるまいし、特定すべきであると思う。

香具山はことごとく重要な場面で現れるが、その本質が曖昧である。
「カゴ」は古語では、金属の意味であると思うが、それが「赤」と関係が窺われる。しかし、その言語の意味も、具体的な特定もされえいない。呪術的な意味もあると思うが、その内容はどうなるのか。天宇受売神との関係(天岩戸は自然と祈りの相関関係はどうか)、厳瓦(土器や神への祭具)とどう繋がっているのか具体的に知りたい項目である。

大和には、三山(天香具山、畝傍山、耳成山)の中の天香具山が代表であるように言われているが、その根本は赤土で金属生産・製造と関係がある。その先では、霧島山が立ちはだかっている。つまり、天孫降臨がその聖地であろう。天孫降臨の地が本来の香具山であると、私は考えます。
鹿児島の「かご」が金属と関係があると思うが、南九州がその源流であるのは明らかであろう。香具土の土はその呪霊が存在に、天香具土の赤土で作った平瓦を使うと言うのはそういう意味があると思う。

天火明命もまた、境界線のない曖昧な存在である。ニギハヤヒ命や天香山命などと位置されるが、これは北九州系王朝の初源である。仮説であるが、八世紀の大和朝廷の核であると思われるのだが、その明確な内容がなされていない。

思いついただけで、これだけある。私なりに回答が欲しい事項である。
2012.10.02 モノの始め。
「モノの始め」の非常に重要である。

私が始原に拘るのは、物事が発祥するにはそれなりの要因があるからで、その成立は複合的で有機的な筈である。緩やかな時間が急速に凝縮する時、その事柄が結実する。その背後には様々な要因が横たわっている。つまり、出来上がった事柄は氷山の一角なのである。だからこそ、私は物事の始原が重要であると考えるのである。

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