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言うまでもなく、大化の改新以後、八世紀には朝鮮系(新羅・百済)の王朝が主流を占めている。
天孫降臨の中国系王朝は影を潜めることになる。
ただ、大化の改新は「唐」の律令制が手本になっているのは言うまでもない。
八世紀の王朝の形態は面白く、姿かたちは朝鮮系で、その思想は「唐」に習い、そしてその母系は先住民族の血が流れるという奇妙な混血民族が出来上がる。
私は、その初期南九州王朝の源流を「古代海人の世界」に見る。

海部に属する古代の海人たちは、まず九州の地から黒潮を利用して東へ移動し、漂泊をつずけたことが推定されるのである。九州における海人の根拠地として、私は(谷川健一)とくに隼人のばん居していた地域を重視したい。

私は初期南九州王朝をこの隼人族(阿多姫・・・大山祇神)がその初めだと仮定して論理を進める。その根拠が谷川健一師の説に符合する。
谷川師はその発想が非常に似ていて、何時もながら参考になる。これからも参考にして学ばしてもらう。
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以前から、久米氏の評論で気になっていたことがある。

上田正昭氏の本居宣長の説を、語呂合わせと、斬って棄てたことである。「くるくる目玉の久米」を論外であると言う。
私はその説を、木を見て森を見ない狭い視野な意見だと思う。宣長が「くるくる目玉」と言ったのは単に語呂合わせで述べたのではなく、その風貌が西郷隆盛のように南方系の顔立ちだと言っているので、洒落たわけではない。宣長が言いたかったことは、久米氏が南方系の海人族であると言いたかったと私は考える。
暫らくは、私のブログは私の習作用の空間にしたいと思っています。余り他人の目を意識せずにアットランダムに書き続いて行こうと思います。

「蛇」をメモして三ヶ月ほどです。ここで、振り返って纏めてみようと思います。

<大和岩雄師>が興味ある記述をしています。
「縄文土器の蔓状渦巻き文は蛇を現す」と。
又その側に、こうメモが記されています。「渦巻きは混沌の状況で、宇宙の渦巻き星雲を意味する」

宇宙の初めは、ビッグバンだと言われています。多分、ブラックホ~ルの超新星の爆発がその根底にあるのでしょう。ホ~キングは「無の揺らぎ」が宇宙を創ったといっていますが、「無」とは「特殊な混沌状態」でないかと私は理解します。渦巻きのエネルギィは神秘的であり、膨大な熱量を感じます。
蛇の神秘性と再生の特性が、そこはかとないエネルギィを内在し私達に脅威と崇高さを感じさせます。

これは私の思いつきに過ぎませんがそう間違った理解とも思えません。
その下段に「谷川健一師」の蛇についての記述がされています。

「蛇」には古代語で様々な言い方がある。
<ハハ、ハメ、カリ、ナギ、ナミ、ウズ、クチナワ、マムシ>など、そして「ツチ」もまた「蛇」の呼び名だと謂う。
「古事記」「日本書紀」には具体的には、火具土・塩土・足名椎・野椎・椎根津彦(珍彦・うずひこ・・しんねつひこは、つちねつひこ、とも読める)などあり、又、天宇受売女(あめのうずめ)もまた蛇神であったと思われる。

なんと「蛇」に関わる説話が多いことか。それは古代史の記述には海人族の内容が多いことになる。

余談だが、「甑立て」は、三宝に蛇がトグロを巻いた状態で、形容をして「山」のことを言うとの説もある。
宇佐は神武東征の最初の到達地です。

この地は見事に、北九州の縮図を呈している。宇佐八幡宮の祭祀者は宇佐氏、辛嶋氏、大神氏(みわし)です。宇佐氏はその祖先を先住民族とされ、「大姫」(玉依姫)とされ、海人族がその本願だろされる。確かに、黒潮文化の範囲ないに宇佐は位置してはいる。だから、南方伝承が古くから伝えられているのはその通りだろうが、私はもう一歩踏み込んで、縄文からの地母神(土偶)信仰が端緒だと理解する。
「古事記」で述べられている。「海幸・山幸伝承」でも「大山祇神」でも、初期には「山の民」を優位に位置する伝承が多い。海の伝承はその次ぎに語られるのである。
それも浅学の私の直感に近い見解なのだが、「古事記」の編者はそのことをよく理解していて、敢えて表示しているように思える。
その論法で言えば、宇佐氏の敬う「大姫」は「玉依姫」ではなく「土偶」に近い「巫女」が対象なのだと考えます。そして、その後に、新羅から渡来した辛嶋氏が金属文化と呪術的農耕儀礼や草木医術・呪術的な巫医を携えて宇佐に渡来し、先住民・宇佐氏と融合して<原始宇佐八幡宮>を形成した。その勢力が高まるに従い、大和朝廷は、三輪系の大神氏を宇佐に送り込み、「宇佐八幡」の信仰を牽制したと思われる。
それは見事に北九州の本土の縮図そのものである。「古事記」はそのことを熟知していて、神武東征の端緒にしたと「ほりもとの空想」は考えるが、もう少し「妄想」を逞しくすれば、それを進言したのは「塩土老爺・事勝国勝長狭」であったと考える。
「塩土老爺」は<古老>とも称され、<巫女>と共に「天語り」や「神語り」の宮廷と民間の<旧事>の伝承者だと思われる。私は「呪術的直感」や「霊夢」、「動物的記憶力」を<古老>や<巫女>に期待している。「大歌所」がそのヒントだと思っていたが、私の調べたところではその事実は見出せなかった。しかし、私は「動物的勘」で間違いはないと信じている。
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