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非常に重要な処で「古事記」と「日本書紀」の記述の違いは閉口する。

ニギハヤヒ命の大和上陸も「日本書紀」「旧事本紀」では神武天皇より先に大和へ行っている。しかし、「「古事記」では神武天皇が東征してから後を追ったと書かれている。そしてそのすぐ後に長髄彦の妹の登美屋姫を娶り、産んだ子が宇麻志摩遅命で、物部連・穂積臣・采臣の祖と述べている。
確かに、神武天皇は大和に上陸する前に寄り道をしている。かなりの年月を経て大和へ着いている。途中でニギハヤヒ命は神武天皇を追い越したと言うことだろうか。古事記の舌足らずの物言いは何か謎めいて解釈に苦慮する。
最後に大和を平定するのだが、「日本書紀」のように状況を具体的に描かない。ここにも、説明を省略しなければならない何らかの事情があるのだろうか。それとも、単純にニギハヤヒは神武を追い越したで済む話なのだろうか。解釈に迷う。

その後、宇麻志摩遅命と天香語山命は厚遇されてはいない。美濃を境に宇麻志摩遅は出雲の岩見へ天香語山は新潟の弥彦へと拝領される。どう見ても、これは左遷である。物部氏と尾張氏をその評価として低く見積もられている。
これらに共通の祖は天火明命である。この命はニニギ命の兄とも言われ、天火明は北九州系氏族であり、ニニギは南九州系氏族である。私は「古事記」が天武天皇の息がかかった「ふることのふみ」だと考えるのだが、それにしては天武が尾張氏を貶める伝承を伝える訳がなく、その点をどう解釈すればいいのか苦慮を要するのだ。
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2013.07.25 鎌足の立場。
藤原不比等には兄がいる。定恵は11歳で僧侶として遣唐している。

一説に彼は孝徳天皇の妃・倉持君国子の娘・与志古娘であったという。その子を危険な遣唐使の一員に加えたことは諸説あり、海外状況との関わりで思い国策だとする人と他人の子だけに邪魔な存在として放り出したとする見方があります。

先ず、本当に定恵が大切な子だとしたら、もう少し配慮があったに違いない。間諜としては幼すぎるし、仏僧としても修行は国内で経験を重ねてからでも遅くない。中大兄皇子との関係を考慮すれば、どうやら、生贄的な存在が紛々とする。鎌足は孝徳天皇より天智を選んだとしか思われない。

そういう打算が、この時代や鎌足の人間性に窺われるのである。その血は多分、不比等に受け継がれているのだろうと思う。非常さ緻密な姦計、現在より未来を読む確かさ、女性を方に皇室へ取り入る謀略は不比等ならではであろう。
幸福の追求で話題になったブ~タンが民主化で若者がテレビやネットで先進国の文化を知り、都会に進出しているという。そのため地方の過疎化が始まり、都市での安アパ~トの建設が乱立して活況を呈していると言う。数十年前の日本を思わせる。

聖書に「知恵のなる木の実」を食べてアダムとイブを神は天国から追放した所謂「失楽園」の説話や「古事記」の黄泉の神話(見る事は知る事とです)など、「知ること」の深い意味を提起しています。

「知ること」は重要なことです。しかし「知って」それに「同化する」ことは退廃を意味します。現代は確かの「個の確立」「個人の自由の許容」は人類に進歩を生んだように思われます。しかし、一方地球を汚し、貧富の差を生んできました。自由市場は需要供給の原理は大量生産と余剰在庫の処理に、消費者の存在を量産しなければならなくなりました。先進国はアジアを標的に、そこが満杯になると新たな供給先を創生しなければなりませんでした。多分、次ぎはアフリカでしょう。

私は古代史から「氏神の思想」を学び、「黄泉戸喰い」を知り、生まれた土地の重要性を学んだつもりです。現代は、余りにも「個人を尊重する」に及びすぎ、全体の調和を失いすぎています。近視眼が過ぎてはいけないのです。先々を創造し、未来の幸福を追求する「知恵」を持つべきです。「個」の成熟はここが限界です。合理主義・科学主義は限界を迎えています。今はその状況を「止揚」(現状を高く知り、その状況を突き抜けること)すべきです。

「和」はその足がかりになると思います。再考を要します。
中西進氏は「神話力」で<古代人は日と火と血、それから、雷、稲妻、そういうものが全部同じものだと捉えていたのである。>と唱えている。日とは天照大神・イザナミ命のことで火とは迦具土で、血はイザナギ命が迦具土を太刀で斬った時流された血のことを言っている。
その「日・火・血」は赤い色である。日・火は邪気を祓う意味もあり、血の赤には再生や繁殖力の霊威を含んでいる。
縄文・中期の土偶には朱が施されているものもあり、それは明らかに邪気を祓うためのもののように思われる。
土偶はバラバラにされ、地中に埋められ、ある呪術的な意味がある。勿論、縄文人の創生と豊穣の願いがあることは言うまでもありませんが、土偶を見ているとそのほかにドロドロした底知れぬ霊威を感じます。
元々、通説は土偶は「地母神」信仰を唱えていますが、南方のインドネシア・ウエマ~レ族の「ハイヌエレ神話」の祖神神話・食物起源神話の素話が当てはまります。「朱や刺青」などを勘案すると、縄文人は強く海人族の風習を受けているようで、朱の習俗はやはり、南方海人族の名残りなのかもしれません。

一方、「朱」は道教の錬金術や不老不死の霊薬の製造にの関わっています。それらの製造過程で使用される「水銀」の「朱」が関わっているのも否めません。
赤にはそれらの呪術的意味と道教の神仙思想をなきにして考えられません。
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