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「彼の目は何と輝き、彼の歩みは何と敏捷であった事か!彼の孤独な山の中で動物が塩をなめに集まる場所、泥に上で転げまわる場所とか、あらゆる動物の棲息地と通い路を知っていた。彼はどんな音からも正確な情報を聞き取り、どんな曲がった葉からも隠された事実を読み取った。彼は全ての鳥の鳴き声を知っており、野鶏や鳩をおびき寄せる呼び声を口笛で吹き、手長のギボンの震え声を間違えるくらいそっくりに真似し、おまけに木をゆすってはこれらの郡棲動物を騙し、おびき寄せた。・・・・・」

私はこの文章で苗族の首領、チン・ツァイの感性が動物的でしかも一体化しているのを知る。それは生半可の行動では会得は出来ない。それは霊的とも思われる感性と集中力が必要である。後の文章で、彼の首長としての資格に太古の彼等の伝承を語る箇所があるが、それもまた驚異的な記憶力だという。
おしなべて、文字を持たない種族は霊感に優れ、ここでは語ってはいないが、かなりの霊に満ちた夢を見ていて、そこにはユングの称する集合的無意識が収められ、知りえる太古の記憶を超えた事実が顕現している事も考えうると私は確信している。
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世界には人類の創生を洪水神話に求めることが多い。田中勝也氏の「古代史言論」を読んでいて、田中氏「和」の洪水神話を「国産み」に求め、その始原が「辰」に起因していると述べている。江南の洪水神話に求めるのが通説ですが、私は予てからどうも腑に落ちなかった。

確かに神話の「国産み」はイザナミ・イザナギに供するが、何故かとってつけた記述のような気がしていた

俄に、薩摩に於ける3度の大噴火が私の頭の中を駆け巡った。日頃から、薩摩こそ神話の始点を疑わない私は「天孫降臨神話」を史実の象徴と思い続けていたからであろうか、日向の高千穂の曾(襲)を霧島山に求め、笠沙でコノハナヤサクヤ姫ともニニギ命との通婚がその底流で火山が潜在的に現れていたのではないかと閃いた。
そういえば、コノハナヤサクヤ姫の父は大山祇神でその神はニニギにイワナガ姫をも嫁がしている。
この神話は生命神話と語られるが、私の勝手な創造は大山祇が霧島山の神でイワナガ姫はその火山岩の象徴だと想像した。予てから、コノハナヤサクヤ姫の父が山の神の神なのかの合理性を訝っていた。その根拠が不明なのである。

そういえば、神話は「山の民」がその勢力をもつ。ヒコホホデミ命は、山幸彦である。そして、その誕生は火に囲まれた「ムロ」で出生する。つまり、火の神なのである。神話は明らかに、火神をその王家の始祖に置いている。

薩摩は3度において、火山の大噴火に見舞われている。火山の脅威こそ最大の神の象徴だという観念が底流にあると考えても支障はないであろう。

かねてから、私は母系に「和」の始祖源流とみなしていているのだが、如何せんどちらかといえば、母系は敗者の存在を意味し、世界の征服説話ほど極端ではないのが幸いだが、勝者の「古事記」や「日本書紀」の表の神話や説話は文献として残っているが、母系の先住民族の話は底に追いやられている。
しかし、融和の地「和」は多神が幸いし、全ての「神」は死に絶えてはいなかった。表の「神」の影で密か息をしていた。表の神々はその祟りのためだろうか、心の片隅で滅した神々を意識する。

例えば、蛭子神話は女権を父権の駆逐であろうが、蛭子は死ぬことなく流されるは蛭子を縄文意識の母権の象徴と考えますが、その象徴は「土偶女神」であろうと推察しています。あの恐ろしい形相は地獄の山婆と見間違うがイザナミ神は蛭子の祖神のような気がする。雷に囲まれたイザナミは地獄の火の女神なのだろうか。デ一ィモン「イザナミ」は土偶そのものではないだろうか。
蛭子神話は母系の征服の象徴として私は理解し、黄泉一土偶一イザナミ一蛭子はその系譜であろう。




私は「天孫降臨」を<あま>の垂直思考と考え、渡来を水平思考と考える。それは8世紀の段階では現在のように「考古学」は存在していない代わりに並外れた記憶力や伝承力があったと思う。

しかし、それらの伝承は物証がない。そこで史実と思われる事柄を「神話」という形で表現し、「史実」は水平思考として浮きあがらせる。8世紀の識者は「風土記」の古老の伝承や文字を持たない巫女の「天語り」や「神語り」を熟知していて、「神話」と言う形で記録したのではないかと言う「仮説」を提示したい。

「古事記」の<序>で稗田阿礼をわざわざ伝承者として載せた意味は太古の記憶の伝承者の象徴として提示したとおもわれる。
ベルツナ一クの「黄色い葉の精霊」でインドネシアの苗族の首長の資格は動物と等しい習癖の体得と夥しい古来からの伝承を記憶しなければその地位を得られないと言う。著者はその記憶力の膨大さには脅威的だと記している。

多分、漢文を使用できない会話の巫女の記憶力や霊感は太古の情況を蓄積している精霊とも思われる能力を所有していたと思われる。
太安麻呂は職掌(伴)としては百歌女を統括した「大歌所」の管轄者であり、多くの伝承者としての巫女の太古のおとぎ話をも知っていたとしても不思議ではない。薩摩の「曾族」や「隼人」の伝承を知っていたのだろう。それは「海・山幸彦」に現れているように、隼人の伝承を表現できたのであろう。
元々、海幸彦が溺れる様子は、海人族・隼人の「海神」との呪術的な行為であったと言われる。
当然その素源は熟知していていただろう。それはニニギ命との阿多津姫の通婚が暗黙にその情報が阿田の地である野間半島を舞台に設定している事からも納得がゆく。隼人が天孫と同族なのは常識から推察すれば不自然だと思われるのに敢えて、「神話」として記述しているは、ある学者の説くように創作だと言い切るには説明が不自然であろう。
「古事記」の編者は太古の情報を伝え聞いていたが論証が不可能なのを判断して「神話」と言う形で表現したとも考えられる。

大隅地方の曾(旧桑原郡、現国分市)の地に縄文草創期に在った「上野原遺跡」から笠沙(野間半島の現加世田市)にある「かこいノ原遺跡」に移行しているが、この遺跡も縄文草創期にあたり、海人族の主要用具である丸木船製作の丸ノミ式石斧が出土している事実が私には単なる偶然とは思えない。古代では現代の「考古学」に相当する手段は存在していると考えられるの不可能な考え方ではないと思う。
私はトロイの発見者・シュ一リマンの「神話は史実の裏付けがある」と言う信念に協賛している。
全くの素人である私が5年前から、神武東征に取り組み、その始原が天孫降臨にあるという結論に達した。

降臨は場の移動をその本質である。当然、政治的には侵略という事実に行き当たり、先住民と渡来民との確執が争点になると思う。
当然のことだが、歴史は勝者が創り出す。その主張が残されるのは自明の事だが、大事なのは取り込まれる敗者の情況である。特に、古代史は日本独特の「融和」の論理がその背景にあって、敗者の意向がその底で脈々として流れるという特殊事情が存在する。原日本人は、当然ながら縄文人であり、文字を持たなかった。一万年に及ぶ会話の世界の習性は完全にDNAに刻み込まれ、容易に放ち難い思考形態を沁み込ませているはずである。
古代の渡来民族が先住の日本人(私は、和人と思っている)の文化を駆逐してのは、渡来民族の文化(稲作と金属文化)が先住民族の文化を上回っていた事が主因であると思う。また、それが既成の事実ではある。しかし、重要なのは「和人」が「融和」の哲学を秘めていたからこそ、単純な征服が成立していない情況がそこにはあるのです。
天孫降臨以降、古代史は「先住和人」がその知恵で自らの存続を「母系」に託して完全制覇を免れている。裏で生き残りを策する「和人」独特の悲哀を私は古代史から学び、現代にいも及ぶ日本人の性癖がこの頃より存在していたのを知り、私は影で生き延びる「和人」の精神的情況を解明しようと走り出したわけですが、如何せん、文字を持たなかった「和人」の悲しさで、それを表で残す「術」を知らないのです。

「和人」(縄文人)を研究する学者の少ないことは、その文献が残されなかった事に起因しているのでしょうが、「和人」の追及こそが歴史の本質に迫る主因のような気がします。
大体、既存の学者はその西洋が教えた「科学主義」・帰納法が手段の哀しさで、具体的な物証が手がかりで論理をすすめます。それは世界の趨勢なのだから仕方がないと言えば仕方がないのですが、私は「創造的仮説」の提起こそ科学を推進する手段として有効な武器をして重要だと考えます。

今、私が学ぶ多くは、「和人」の始原を他国に求めます。しかし、重要なのは「母系」で生き延びなければならなかった「古代和人」の正体の追及こそが課題だと思います。
縄文先住民の追及こそ当面の課題ではないのでしょうか。
私は今、渡来人が先住民族と交流する薩摩の野間半島の安曇・久米・曾族(隼人)の関係を調べていますが、それらの出自の曖昧さに戸惑っています。つまり「天孫降臨」の本質と史実が混交して、明らかではないことの情況を苦慮しているのです。「母系継承」の苦肉の策である「和人」の追及は、思考と言う非具体性ゆえの曖昧性が行く手を阻み、進行を遅らせています。
最早、遅れてきた老人はその命を間近にして、焦りにも似た後悔にも似た複雑な心境でいたたまれません。しかし、知ってしまった事実は罪深い。進むしかその方法を知りません。
生きているうちに「神武天皇」は大和に辿りつけるのでしょうか。
佐世保市の高校生殺害事件は私を思考停止に陥らせるほど驚愕した事件である。

私は恐ろしい世の中になってしまったと思う。
あまりにも、人に対する思いやりや自らの中にある想像力の欠如が等閑にされた状態に驚愕せざるをえない。
まるで人を「物」のように扱う意識が一人歩きして止まらないような「他人事の映画」を観ているようである。
それは、まるで、それを取り巻く人間達も、その事を他人事のように「見てみぬ」振りする地獄絵を見ているようである。彼等は自分が関わりになる事を避けて無事過ごすことを待っているしか思えない。そこには欧米の訴訟社会の個人の権利意識の肥大化を見て嘔吐さえ催してしまう。
これは最早、異常な病気、心の病としか思えない。
異常心理が異常心理として野放しになり、関わることを恐れる反道徳社会が無感覚に陥ってしまった無感覚地獄でしか思えない。
何の縛りもなく精神異常者が何の躊躇いも無く、無関心と言う装いの同罪者の援護を受けまかり通っている。そこに痛みとか哀しみとか喜びに感情的な意識が働いているのだろうか。
数年前から、私は「ゆるやかな干渉主義」を提唱しているが、周囲の反応は冷ややかで、聞く耳を持つ人は極少数である。その冷ややかな反応にあい、自己嫌悪に悩まされ、再び気を引き締めて口に出す「ゆるやかな干渉主義」は今も、哀しいほど健在だ。
極端かもしれないが私は欧米の「合理主義」を根低にもつ思想より「融和」を意識する我々の思考を再考して欲しいと思う。
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