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出雲の氏族は大和に居住していたと言う説は根強い。ここに二つの類似した伝承がある。田中卓氏の「住吉大社史」と「物部神社」の伝承である。

「住吉大社史」(田中卓)
元来、大己貴神の本拠は、大和の三輪山であり、奉祭者は三輪氏であろう。。天菩比命が大己貴神に媚びたと言うのは出雲氏が三輪氏と結合し、婚姻関係に入った事を指すのであろうが、かくして大己貴神を奉ずるに至った出雲氏は、中央の志をえないままに、大和を去り、あそらくは山城国の出雲郷、丹波神社あたりを経由して、山陰に進み、次第に出雲へ進出したものと思われる。崇神天皇以前に、大和よりの氏族移住は行われてた。

「物部神社」の伝承。
宇摩志麻遅命は天香語山命(尾張氏の祖、宇摩志麻遅命とは異母兄弟)と共に物部の兵を率いて、尾張、美濃、越後を平定して、天香語山命は伊夜彦神社に鎮座したと言う。
宇摩志麻遅命は行動範囲を広げ、播磨、丹波を経由して石見に入り、周囲の蛮族を平定し、鶴に乗って鶴降山に舞い降り国見して、物部神社の背後にある八百山が天香具山に似ているので、この地を安住の地に定めたと言う。

この類似は出雲族が古来、出雲に居住していたのだが、大和族に破れ丹波を経由して出雲に落ち延びた伝承がその底にあったと思われる。その具体例がこれらの伝承であろう。

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私は嘗てこんなに知性が欠如した政治家を知らない。最早、政治と法の区別さえ無視し、自らの信念だけで行動する単純な人を私は愚かと言わせて貰う。

今、高村氏は米国にお墨付きを貰う為渡米している。本来なら日本の国会で議論の末その結論を米国と話し合うのが筋であろう。しかし、沖縄・辺野古問題でもそうだが、今の自民党の政治家には政治を、また民主主義を自問する政治家はかいむである。ただ、選挙の多数を免罪符として「力」だけで押し通おとする知性も哲学もない非民主主義者として行動することが日本を救う道だとカン違いしている。

私は敢えて言う。政治は国民の鏡である。こんな国情にしたのは、政治化だけが悪いのではない。国民こそまた、その責任を問われるのである。
最近、古賀氏と古舘氏が「報道ステ一ション」で罵り合っている。「日刊ゲンダイ」によると、テレ朝の早河会長と佐藤氏(古舘プロジェクト)の意向で古賀氏は降板させられたと言う。それは安倍政権の抑圧だと古賀氏は言っている。
沖縄にしろ、国会無視にしろ。この政権は重要な問題については対話を拒否し、裏では画策を着々と進め陰険に騙すような手法で進めている。それを観ると、古賀氏が主張している言動の方が正しいように思える。

再び言う。気がついてからでは遅い。行程は重なって行われる。その道筋を埋めるのには時間と労力が必要になる。私達は賢明な想像力と知性そして決断を持って判断しなければならない。

追い詰められてから、泣いても後戻りは出来ないのだ。
2015.03.29 ninngennha
今夜、テレビ朝日の報道ステ一ョンの番組最中に司会の古館氏と解説者の古賀氏が古賀氏の降板について諍いがあった。その内容ははっきりとは解らないが、古賀氏がプロヂュサ一人事(どうやら降板させられたらしい)に言及した所を見ると、またぞろ安倍政権から抑圧が入ったらしい。

今までの出来事を観察するに、また、少々強引ではあるが、古賀氏の「ノット・安倍」のコメント番を提示した映像と相まって安倍政権の横槍が感じられる。

時を同じくして、高村副総理が訪米し、日本の軍事法制を説明したと伝えるが、例によって国民にはその内容を知らせないばかりか、国会での議論をも骨抜きにした秘密裏の行動に終始した。
私は古賀氏が言いたかったことはこの国民を無視した、いや見くびった行為を明らかにしたかったのだと思う。二人(古舘・古賀)やり取りは確かに、気持ちがいいものではなかったが、しかし、意見の相違を隠蔽して一方があからさまにしようとすると現象としては醜く映る。でも、真実とはそんなものである
。奇麗事では済まされないのだ。

私達はその事象を見て判断するより方法がないのである。真実を隠し、奇麗事で済ませて騙すより、醜くても真実があからさまになり、私達が判断できる方が民主的であると思う。

私は、今の安倍政権が行おうとしている「力」による政治は危険であると思う。

集団自衛権の閣議決定にしろ。報道への統制にしろ。地方への配慮の欠如にしろ。沖縄での民意無視の姿勢にしろ、辺野古で行っている強制的な暴挙にしろ。原発の再開にしろ(特に、鹿児島・川内原発は地球規模の地核変動は危機的)。安倍政権は反民主主義に逆行する専制主義のような気がする。

客観的に観て、古舘氏の立場は理解は出来るにしろ、古賀氏の言い分は正しいような気がする。
大和を宗教改革と言う視点から見ると、天照大神信仰は新興宗教といえる。

北九州からやって来た物部氏を中核としたニギハヤヒ族は先ず、先住民族の首長・長髄彦と融和する。大和の宗教は「大神信仰又は大物主信仰」であった。その宗教の強固さは並大抵な信仰ではなかったろう。縄文時代より続いた「和」の宗教は原住民に行当たり、やがて南九州からやって来た神武天皇を悩ましたに相違ない。そこで、所謂、皇孫族はそれに対抗した「天照大神信仰」を立ち上げて祀りあげるのだが、その成果は芳しくなかったであろう。

そこでは物部氏の「大物主信仰」が先行して容易に皇孫族の支配を阻む。蘇我氏の仏教信仰を推進したのは先住民族の宗教観を転換するための豪族や貴族の意識改革から始めたといえる。大和朝廷には旧来の「アニミズム信仰」が「和」の思考を根ずかしいたのを洞察していた。仏教がその精神と同種の形態をとることに着眼し、先住民の信仰を拡散させ、次に大化の改新でその蘇我氏を強引に失脚させる。その破壊の末に「天照大神」を擁立し、大和朝廷の宗教改革を進めて、大化の改新の「戸籍調査」や律令制度をよりやりやする、賢明な政策だと私は考える。
安倍首相は、参議院の答弁で「自衛隊」を「我が軍」と答えた。かつて、安倍首相は「自衛隊」は軍隊ではないと答えている。思わず本音が出てしなったのだろう。

これは首相が日本が軍隊を必要としていると思っている証左であろう。

この人の根本的な考え方は「力」の行使の法律化なのである。私はかつて、安倍氏の思想を古い形の「富国強兵」策だと説いた。首相は「富国」つまり、経済的には大企業を盛んにして、そのお零れを国民がいただく。

過去にアダム・スミスの「富国論」の近代的な焼き直しなのだ。ただ、アダム・スミスは、勿論古い形ではあるが、倫理観・「予定調和」(神の思し召し」を置く。それは既に消滅してしまった。しかし、哲学としては大事な事である。
ミレ一の絵画「落穂ひろい」はその象徴だと言われている。地主が稲の全てを刈らず、貧者のために「落穂」を残し無償で与えるといった。神を信じる倫理観の絵画化である。
「自由経済の歯止め」はこうした倫理観が偏りを阻止していたと言う。その抑止力を取り除くと、取り留めなく権力(飽くなき欲望)が一人歩きしてしまう。大事なのは、世界(人と自然が構成する)を深く、広く観る眼である。その哲学を持たない人間は「力(慾)」に走り、危険な方向に人を導いてしまう。

元来、日本人は、多くの人や物(自然を含む)に人格を意識して、それを認め、他を思いやり(意識し)、対話する精神持つ。その根源は一万年続いた縄文時代からの「多神教」の全ての「物」には精霊が宿ると言う哲学が存在するからであろう。
その融和精神がなくして軍の行為は危険である。いや、本来、力より対話が日本人の心の根底に沁み付いているはずである。西洋の合理的な発想は「一神教」なので「神への教え(教条)」や「掟」が物事を決めてしまい、「力」による行いを実行する、その精神に対抗策を私達は持たなくてはならない。

先に、私は情報の先取り、孫氏やマキュアべりが説く「戦争による実行の行使より、情報に基ずく戦争の阻止」を一考しようと提案した。そして、その阻止の政策を「融和の精神」に求めるのが最善であると表現したと思う。

安倍氏にはそうした哲学が欠如しているように思われる。非常に短絡な旧来の「富国強兵」策に終始しているように思われる。

私達はそれを看破し、批判する精神を行使しなければならい。後から来る若者の為にそれを叫ばなければ、戦争と言う人殺しの行為を阻止しなければならないのだ。
確か「君子論」には、戦争は多くの人間を失う、それを阻止する方法を人は考えなければならないと言う提案をしていて、記憶の間違いがなければ、それがスパイ行為としていたと思うが、それも一考を要する提案だと思う。
徳川時代に各藩を監視する為に忍者、特に「草」による藩への浸透を行使している。

「草」は数代かけて各藩へ忍び込み、有力者として根深く潜り込んで究極的な局面で幕府に通知し、廃藩に追い込んでいる。この政策はマキュアベリの政策に近い。

日本人は太古から、自然とも調和し、人との融和を大切にして生活をしてきた種族である。自然を循環させ、人と対話して生き伸びて来た。
今、地球は汚れ、人は殺し合いに走っている。私達は我々が本来持つ「対話」による<和>の精神でそれらに釘を刺さなければならないだろう。
最近日本を自画自賛する本が出版が目立つ。情況を見ると、戦後70年の安倍政権の報告や米国の辺野古の軍事施設移転の世論無視の暴挙、中国の尖閣島の占拠・教育機関への政圧そして報道機関の抑圧などを見ると、強ち自然発生と言うより何らかの触手の怪しさを感じる。

外務省や政権の意図して政略でないことを望むが、安倍政権の国民を慇懃に軽視する政策を思うと、強ち、ありえないことではないと思う。都合のいい事は声高に叫び、都合の悪い事は黙って実行する国民を利用する政策を見ると私はこの日本をあらぬ方向に導き始めていると考えざるを得ない。

今日、ラジオで安倍政権の批判勢力の国民が一万人規模のデモを行進したとの報道を聞いたが、新聞は非常に小さい記事しか載せていないし、論説の類は皆無であるとしている。

これは意図的な風潮なのではないのか。各報道機関の幹部に問い合わせをしてみたい。我々が知らないうちに右よりの政策が着々と忍びよっている気配は危険だ。
海幸彦・山幸彦神話は天孫と南九州の先住民・隼人を同族としている。ここでは隼人を海の種族としている。

滝川政次郎師が唱えた江南海人族の渡来人を隼人族とする。しかし、隼人は曾族が大和朝廷に服属した熊襲(熊曾)の事で先住民族と思われ、安曇系の隼人(江南族と隼人の混血)を言っていると思われる。

「古事記」では神吾田津姫(コノハナヤサクヤ姫)とニニギ命が血縁したと述べている。そして、その親が大山祇命とする。吾田は隼人の別称で神吾田津姫は曾の地から、何らかの理由で笠沙(野間半島)に寄留した巫女であろう。「日本書紀」では(一書の第七)で大山祇神は迦具土の子としていることから、霧島山麓・大隅地域の先住民と言う可能性は濃い。つまり、大山祇神は「火」と関わる種族であろう。

一体に縄文時代から南九州は火山の大噴火と格闘した種族が先住しており、独自の文化を形成している。象徴的に上野原遺跡やかこいノ原遺跡は一万年前より竪穴式住居での定住を行い、かこいノ原遺跡では丸木船の製造の痕跡を残している。縄文時代の海の隼人(曾族)は北は東北、南は沖縄まで交流の可能性を秘めている。南九州から沖縄までのかこいノ原文化圏は海人族的な交流を指していて、その圏内にある種子島には東北の「亀ヶ岡土器」が出土している。それは対馬海流とリマン寒流を利用して交流していたと思われ、古代の海人族の航海は潮の流れや星・風、渡り鳥や魚の回流等を熟知しており、我々が考えるより遠くにまで航海していたと推察できる。

それは南九州が独自で高度の文化を有しており、黒潮の流れを利して中国・江南地方との交流も想像できる。
七世紀の「晋書」や「梁書」に<倭(和)の太夫(官僚)は呉の泰伯の末裔>と記している。又、林羅山が「神武天皇論」でも同様の記述をしている様に南九州は江南との交流があったとする傍証ではないかと考えられる。

それらは、南九州が高い文化を持ち、中国や南方、北は東北まで交流があったという伝承が八世紀の「古事記」の選者にとどいており、それが隼人伝承に反映されたと思われる。

それでなくて、天孫の神話が北九州や出雲ではなく、南九州から始めるという論理を説明出来ないように思える。
もし、私が「古事記」の編者なら、八世紀の大和の知識人は朝鮮系帰化人、百済や新羅の氏族と大和の先住民との混血が定説で、北九州系の種族が中心であったと思われ、北九州の芦屋や高良山の伝承から始めるのが自然だと思われるのに南九州からの「天孫降臨」神話はそれなりの史実を踏まえていたからだろうと思われる。
自民党議員・党女性局長三原じゅん子なる人が「八紘一宇」を唱えた。どうして自民党は考えが浅い議員が多いのか。選挙で通った先生なのだから一票を入れた人も恥じなければいけない。

「八紘一宇」の意味だけを取れば、古代の皇孫が使用した「貴い言葉」であるが、そこには日本人が犯した誤った歴史意識がある。「八紘一宇」はそれに触れるのだ。只、知ったか振りで発言したのであろうが、選ばれた議員としては国民に付託された責任があるのだ。その意識が全く欠如している。否、安倍氏にも現れている「驕り」とか「侮り」の意識が顕著でこの日本国の品性のレベルの低さを垣間見て情けなくなる。

このような情況を国民が意思表示をしなければ、情況は益々、悪化してとどのつまり国を傾けることになる。
意があるなら「声」を上げよう。
元禄が徳川幕府の始まりだという説は定説であろう。様々な要因を挙げれば限がない。要は平和の極みが民衆の精神を弛緩させたからであろう。

現在も又、他人事社会である。東日本大災害の援助の精神はひと時過熱したが最早、ここに来て他人事であろう。
また、沖縄の普天間移転、辺野古の横暴な民意を無視した暴挙を大和ンチュウは他人事の視線で見てみない振りである。特に酷いのはマスゴミであの横暴さは現在の中国の横暴さと同様の民主主義の破壊に等しいのに表示行為は見当たらない。誠に静かなものである。

この緩やかな神経は川崎の少年殺害事件にも言える。

あの母親は生活の為、仕事を掛け持ちして子供の心の問題に寄りそうことが出来なかった。つまり、賃金が安いので掛け持ちを余儀なくさせられたのである。行政は大企業に非正規労働条件を緩和し、正規労働者を減らし、利益追従の悪法を容認している。その弊害が川崎の母親に凝縮した結果の事件である。イスラム国・後藤氏殺害の傍観的態度もそうだが、この政府は口先は一人前だが心は冷たく無視を貫く。その口先に多くの愚民は寛容である(政府支持率が五割を超えるのは愚かな心の醒めた人間が五割存在するということだ)。

私達は今、想像力と追求心を問われている。その批判精神こそ大切なのである。自分だけが平常なら、以てよしとする精神は元禄の崩壊を学んだことにならない。
私はかねてから、「緩やかな干渉主義」を提唱している。それは日本人が持つ「優れた融和精神」つまり、多神教信者のもつ優しさを回復したいという欲求からである。

私が子供の頃、半身不随の父親から夕方の帰宅を言いつけられたが、新聞配達をしていた私は暗くなっても遊んでいた。それを咎められての折檻で叩かれ、家から出されたのである。
それを見た近隣の口先婆ァがとりなして、一呼吸置き、父親に取り成してくれた。私にとってこの「お節介」は暖かい尋常であった。敗戦直後から数年はこの「隣組」精神は存在していた。

しかし、米国占領軍(特にマッカァサ一のアングロサクソン民主主義の押し付けの教育)が行った個人主義に徹した教育個人閉鎖主義を生み、我々の良所を骨抜きにしてしまった。まあ、敗戦国民としては仕方のないことだといえばいえるが、しかし我々は教訓として、「強かさ」を持つべきであった。日本古来、果ては「縄文」、聖徳太子の「和を持って貴しとする」論ではないが、根底に一万年を掛けて育んだ「縄文融和精神のDNA」は堅持する賢さは必要であったと今更、私は思う。
「古代史ノオト」のヒルメとアマテラスを読んで、多くの示唆ある教えを仰いだ。

イザナギ神話(海人族・水平神話)からアマテラス神話(垂直神話・天孫神話)の移行は神武東征の本質をなしている。それは先住民族の大神(おおみわ)神話を天照大神信仰への改宗の礎でもある。その魁が「山幸彦・海幸彦」の神話で「古事記」の主観を貫いている。私は「古事記」「日本書紀」を宗教改革のプロパガンダであると言う側面に興味があるので、この谷川健一師の文章は先見的な文章であると思っている。
「古事記」「日本書紀」を学んで5年の歳月が経ったが、比較民俗学や文献学を見ているとかなり広範囲の世界を検証し比較する。それはそれで重要な学問ではあるが、何故か消化不良の感を思わせた。

私が知りたいのは、「記・紀」の編者たちがどの地点で物を考え、その知識量がどのくらいであるのかを知りたいのである。
すると、ギリシャや中国・はたまた東南アジア・北アメリカまでその食指を伸ばす知識慾に疑問を持つ。
私の好奇心はそれはそれで興味津々だが、「記・紀」の本質を見失っているような気してならない。八世紀の識者は精々、中国の周辺を彼等のテリトリ一に充てているのだろうし、それ程広範囲に物事を言及していないように思われる。

広く深く物事を研究するのは困難である事に気ずく。例えば、「八俣の大蛇」を調べるのに様々の視点から検証する。その精力や並大抵のことではない。環境には、自然や人的影響があり、そこから生まれる事象はかなりの労力を必要とした。それでもなお、不満感は残る。
世界の神話・説話には相当広く、深い史実が横たわっているはずで、それを紐解くにはそれ自体の研鑽が必要であろう。すると、個人の作業だけでは限界を感じざるをえない。と言うことは、個々の事象の研究者の選択を確かなものとしなければならないし、その選択に左右され、真実が拡散してしまいかねない。
と、考えると事象の研鑽は専門家しまい、多くの年月を必要とする。
今、私は後悔をしているわけだが、それを踏まえて進むしかないと腹を括っている。
2015.03.14 [
私は「かぐや姫物語」を見損ない、今日TVで観劇した。

半ば感心して、半ば不満を持った。

先ず、気がついたことは映画では母を「おうな」としているが、古代後では「おみな」であろう。つまり「おきな」の「き」は男であり、「おみな」の「み」が女なのである。「おうな」が重要な役柄であるのだからその点は正確に使って欲しかった。

この映画のテ一マが「自然と人為」であり、最後にかぐや姫が叫ぶ「天地<あめつち>よ私を受け入れてくれ」であり、森羅万象、「生きとし生きるものに心がある」とかぐや姫は言い残して月へ去った。それが監督の言いたいことだったのだろう。
それにつけても「勝かみかざり}と「天羽衣」は中国の西王母と天女の折衷を思わせ、混乱があったような気がする。その根底に<創生>があるにせよ、私には奇異に映った。

かぐや姫は月で罪を犯し天を追われたのが原因だったはずである。私はその原因に興味があるのだが紀貫之(作者だと言われる。かな書き作者の始祖)は巫女に造詣があるはずで、月が占いの霊地だと想像すると、その掟を破った「巫女」のような気がする。
大体、「かぐ」には輝くという意味と金属の意味も持つ。「かぐ」と言えば、天香具山を思い浮かべる。一説には香具山は「赤い山」であり、鉄の山であると言われ、物部氏が金属の利器で邪気を祓ったというように「鉄」には邪霊を祓うと言う。「かぐや姫」はその霊気を背負っていたともいえる。
何れにせよ。かぐや姫は霊的な巫女であろう。巫女の始原は天女であり、天女の故事としては「丹後国風土記・逸文」に見えるように天羽衣を失った巫女である(風土記では豊受命とされている)。

私はそこで巫女の考察がこの映画ではかけているような気がする。それは現代的思考と古代的思考の混交が映像の物足りなさを示しているような気がする。
自然性への回帰は優れた提示ではあるが、それなら古代の呪術への考察を映像の根底に示すべきで、私は四年前の大震災を思うに人間が大自然の猛威」たいしては祈るより方法がなく、日頃、素直に自然に順応する事が大切なのを学んだ。その具体的映像が私にはこの「かぐや姫物語」に欲しかった。
私は大和朝廷は北九州からの氏族が近畿に移住したと思っている。

「筑紫国続風土記」によれば、北九州の香山(高山)のある旧志波村の付近は、古くは「遠市(といち)の里」と呼ばれている。一方、近畿の「天の香山」は<延喜式>に十市郡(といちぐん)と記され、古くは「十市郡」(といちのこおり)と記していた。
「和名抄」では「美濃国本巣郡遠市」が藤原宮出土の木簡は「三野国本須郡十市・・・・」となっている。
又、鏡味完二氏によると、九州の耳納(みのう)・日田・熊は近畿では美濃・飛騨・熊野と言うとする。

その他、北九州(・・・)は近畿の笠置山(笠置)・春日(春日)・御笠山(三笠山)・吉住神社(吉住神社)・平群(平群)・池田(池田)・三井(三井)雲堤<うなで>(雲梯)・筑前高田(大和高田)玖珠(国巣)田原(田原)など幾つもの同じ様な地名がそんざいする。
これは九州からの移住者がなずけたものであろう。
私の九州からの大和移住説の根拠の一つである。
2015.03.11 嘘つきとは。
3・11から最早4年がたつ。復興の家屋の再開は一割ほどだ。安倍氏は復興は進み、ことによると財政の一部は地方に負担を発言している。マスゴミは安倍氏に尾を振り復興が進んでいるようなTV画像を見せる。物事の真実を自分本位にしか捉えない情の薄い方々はそれを信じた振りをする。

この精神構造が世に蔓延していて、日本を薄い精神構造の国にしている。

例えば、イスラム国の暴徒に捕らえられた後藤さんに対し、一国の首相はその理由はともあれ、最善の努力をきして救う責任があるはずだ。その真実をマスゴミは批判しない。これは由々しき精神構造の弛緩で傾国の兆しに他ならない。何時の世も多数の愚民は存在する。それらの人々に警告を鳴らすのがマスコミの任務であるのにマスゴミはそれを放棄する。

私は地方再生は日本の重要課題だと思うが、その事に逆行する安倍氏の発言や偽りの報道を流さした「所謂、報道規制」を唯々諾々として付き従う。このようなイル一ジョンは危険なのである。愚民は精神的なそこが浅いので信じた振りをする怠け者なのである。「悪貨は良貨を駆逐する」のたとえで数は力なのだ。その積み重ねが病原を蔓延させ、抜き差しならない情況を作ってしまう。

戦前それによって、日本が危険な精神状態に向った事実を経験しているのではなかったか。私は警鐘鳴らしたい。
2015.03.06 物部氏素描。
古代史には幾つかの重要なテ一マがあるが、その一つに「物部氏」がある。気まぐれではあるが、ふと思いつたので忘れないうちに記しておこうと思いった。

古代史に於いて、物部氏の役割は大きい。諸説があるが物部氏の本願地は遠賀川下流域・芦屋周辺であろう。
渡来民族か先住民族か区別すれば、高良大社の大祝が物部氏で小祝が安曇氏だと言われ、氏神を高良玉垂命を主神とすれば、朝鮮系の強く思われるが、元より北九州は人種の坩堝で黒潮に乗って中国江南・南島の氏族が、朝鮮半島から島沿いに新羅や百済、そして縄文古来の先住民族が割拠する。そういう意味では、一つの要素で人種を決められない特殊な地域である。

私は物部氏の呪術的要素を加味すれば縄文時代から続く呪術者の後裔も捨て難く、朝鮮氏族と先住民族の融合した結果が現れたと考えている。

高良大社の高良玉垂命はニギハヤヒ命に譬えられる説がある。私もその説を支持します。ニギハヤヒは新羅系の渡来人と縄文系の先住民の融合民族だと思われますが、八世紀の大和朝廷が朝鮮系の皇孫の要素が強い事を思うと、最初に北九州から大和に進行したニギハヤヒ命は物部氏を率いて大和の長髄彦と和睦して妹の御炊屋姫を娶って君臨する。
当時の大和は単一民族ではありえず、磯城氏・猾氏・国巣・土蜘蛛族などが蛮居する連合国でそれらの氏族を率いて統率していたのが長髄彦であったろう。

そのニギハヤヒ命の子孫が宇摩志麻始命だというのは興味深い。宇摩志麻始命は「日本書紀」によれば、長髄彦を裏切り、神武天皇を勝利に導く。だが、継体紀では天香語山と美濃・信濃・越を平定して宇摩志麻始命はさらに丹波を経由して出雲の岩見へ流れ着く。

出雲・岩見には物部神社があり、そこに宇摩志麻始命は祀られることになる。これは左遷であろう。

物部神社は出雲二の宮で古来から出雲大社と争っていたという。それは古来、物部氏が出雲に居住していたと考えるれ、その素地があったからこそ、宇摩志麻始命が受け入れられた要素であったと思われる。
それは崇神紀で出雲神宝の管理者であった出雲振根が筑紫に出向していた事実や少々信憑性には掛けるが、川内伝承で出雲の主神・大穴持命とニニギ命の確執が伝わっていて、九州と出雲の交流が顕著であった事が窺われる。その伝達機関は丸木船であったと言うのが通常であろう。その際、黒潮が重要な要素であり、薩摩・野間半島がかこいノ原遺跡から出土した丸ノミ式石斧がBC一万年前から丸木船製造に使用されていた可能性が窺われ、一定の文化圏を形造っていた。その影響は出雲にまで波及していたと思われるのは容易に推測される。

北九州の有力氏族は言うまでもなく物部氏であろう。古事記でも、わざわざ神武天皇は遠賀川流域の芦屋に一年も滞在している。それは物部氏との調整期間であろう。海流の流れは逆流でわざわざ芦屋に立ち寄る根拠は薄い。それは物部氏とも融和と言う理由があったからだと私は推量する。

その物部氏が出雲の氏族との交流が顕著であったことを証明しているのである。

物部氏は旧来から呪術的要素の濃い種族で、爾来、警備・軍事の職掌の背景は神との交流のある神人的要素が囚人や巫女との決罪をも管理していたと思える。それは出雲の神霊的な国情と合致していて同族的な思想合意があったのであったのであろう。

神武天皇が奈良の山戸(やまと)を征服した時、大和としたのは、奈良の山戸(御輪みわ)と北九州の倭(和わ)とを統合した大きな和・大和としたと考えられないだろうか。

その大和が旧より、物部氏が最初に大和を長髄彦と融合し、後に神武天皇が征服したとの構図が初期大和王権であったのだろう。
そして、物部氏が大和朝廷から締め出され、出雲の岩見に追放されたという仮説の成り立つと私は考えます。
大統領の指示を無視して、米国共和党はイスラエルの首相の演説を許してイランの核について批判をしている。

米国共和党はイスラエルの出先機関なのだろう。承知のとうりイスラエルはユダヤ人の国である。あの小国イスラエルがあのような豊富な資金があるのは誰かが支援しているからだろう。(ユダヤ人は利息を取る事の戒めがあるはずで、まさかその掟に逆らっているのではないでしょうな)

今回の事件は私達に共和党がユダヤ人で構成しているのではないかと言う疑義をもようさせる。
今や中近東は戦争の火種が燻ぶっている。一触即発の危機にあるのだ。それなのに、米国がその契機を作るような行為は嗜むのが常識なのに、それを増長させる行為は正気の業だとは思えない。
私は敗戦後、米国が行った様々な規制を知って言いる。日本人を幼児に譬えた愚かな施政者のいたようだが、一体に日本の魂を欧米化の教育に注いでいたような気がする。その教訓じみた言動は宣教師さながらに有り難い御言葉だと押い抱いた国民は多かっただろうが、昭和20年から26年の間、治外法権で犯罪は多く行われ、それを不問の伏して、泣き寝入りをした人々を私は見てきた。
あの相馬ヶ原のジラ一ド事件の米国上層部の取った虚偽発言や隠蔽は厚顔無恥の態度は今、共和党の党員の精神構造にありありと生きていて恐ろしい気がしている。

イスラム国の非道を造ったのは米国にも一端の責任があるのではないか。亦、イスラム国がイスラエルを敵視しているのはそれなりの理由があるのではないかと考えると、米国共和党は慎重に行動すべきであったと考えるのは私一人ではないだろう。
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