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また、中学生が仲間に殺された。
理由が自分達の言う事を聞かなかったからだと言う事である。
仮にそれが事実だとして(本当の理由は外にあると思うのだが)、それを多数で虐め殺すと言うのは余にも短絡過ぎる。私はここに人が命をまるで空想のように現実を無視して、或いは軽視した他人事の痛みを伴わない絵空事のように考えている。そこには、仮想映像つまりネットやパソコンの中の世界が現実化した悪影響のような気がする。
また、親の権威が希薄になり、いや、教師なり先人の教訓は効力を失った結果でもある。
そこは現代、いじめの構造が垣間見えて、現代が軽すぎる観念の世界が蔓延して軽薄なっているのが、嘆かわしい。
もう少し、自己に還元する観念や痛みを本当に知る事の出来る仕組みを考えなければならない時期に来ていると思う。
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オリンッピク閉会式に安倍氏がマリオ帽を被って登場してきた。日本のアニメ文化を誇示する意向だろうが、私は何故か恥ずかった。日本のトップがあの程度の水準と思われるのは遺憾だ。あるアナは斬新な企画と褒めたが、日本の報道機関の文化水準もこの程度なのだ。世界へのアピ一ルはもっと慎重で深い洞察が必要だと思う。これは森氏のアイデアだと言う。あの蚤の頭脳の政治家だそうであるが私は思慮の浅い森氏は日本の政治を底の浅いものにする元凶だと思っている。

多分、東京オリンピックを金で成功させる為の政策だろう。また、強化政策の前兆はメダルの獲得者に報奨金を与えている。なにやら、構造的にはロシアに似るが、日本は今、財政的には超赤字の安易な政策を取っている。金縮こそ政治的課題だろう。

ふと、私は天皇陛下のビデオ・メッセ一ジを思い浮かべる。陛下ならもっと深い思索的な発言をなされるだろうと思った。
安倍氏の行動は底の浅いポピュリズムだと言われても反論できないだろう。

最早、今、日本は薄氷の上に立っている。それを任じて慎重に思慮深い行動こそ望まれるのではないか。

政治は国の象徴だと言う。首相は日本の知者でなくてはならない。当たり前の事だが、それは選挙で選ばれたトップなのである。

日本は世界で初の原爆被爆国である。私は昭和22年の年に被爆者の写真を見ている。川には黒い死体が溢れ、ただれた身体を持ち上げ、手を天に向って挙げて水を乞う。最早、生き地獄である。私の叔母も長崎で被爆して、永年は白血病に悩まされ続けていた。現天皇は追悼式で自ら原稿を書き、誠意を持って国民に接しておられます。多分、貴人が平民二跪くのを批難するやからがおりますが、私は現人神は聖俗をこえると考える人間で天皇の苦慮の先の英断を感じます。
それに付け安倍氏はどうだろう。非公式ながら、米国の核先制攻撃を批難するメッセイジを述べたと報道関係は伝えている。公式には否定しているが、「煙のない所からは火はたたない」ので、事実であろう。また、今までの言動からありえる発言
で知性も誇りもない稚拙な発言である。北朝鮮や中国問題は又、別の問題処理が妥当なのが理解できていない。

もう一つ、彼の読みの浅さは年金を景気対策に使い、円安・株高を読み違えて国の借金を増加させている。まかり間違えば、国が崩壊する危機意識は楽観的で愚かなギャンブラ一近い感覚で危うい知性の持ち主である。
わが国民はそうした頭の弱い人間が好きな愚かな国民なのだ。もう少し想像力があってもよいように思うが、なげ哀しい。
2016.08.17 w阿多氏は
8月6日から9日そして敗戦の15日に続く。そして、もう一つ8日に天皇陛下のお言葉が付加された。

天皇陛下の8月8日は考えに考えられた配慮ある日時である。
原爆投下の地獄の経験と敗戦の間、そして選挙と言う国民の決断をも配慮した誠意ある日にちを選ばれた政治をかなり意識した象徴した天皇は国民との対話を苦渋の実践をしたとも思われる。
私の天皇についての印象は象徴をいかに国民との間で実践するかに真剣に取り組んでおられた誠意ある行動である。二つの災害と私が強く印象に残ったのはフィリッピンへの墓参である。日本・比国の戦没者の鎮魂である。まかり間違えば暗殺さえも考えられる、過酷な戦闘は多くの比国側に犠牲者があった。翻れば、侵略者日本憎しの意識が未だ残っていて、その実害のある比国人は無念の復讐を天皇に向ける事も考えうる情況であったのにも関わらず実行された本音の勇気を私は感じて尊敬の念が心の底から湧きいあがってきたのを思い起こされた。
そうした覚悟の行動は全身全霊をかけた行動であることはその前後、綿密な計画と心の覚悟を必要としただろうし、究極の神経を使っておられたと思います。あのビデオから無駄というものが感じられないのは陛下自らが他人に任せたのではなく、自らが推考に推考を重ねられた結果だからだと思います。
どこかの首相のように官僚に任せたり、熟考する事もなく口先で語る安易さは陛下の声明にはありません。
心身を使い果たされ、加えて二度の大手術はその身体を極力、衰退されたのを思うと本音で国事や天皇としての任務を遂行するには、残念ながら体力がついていかない現実に苦慮された結果の声明であったと思われ、生前退位はやむをえない行為だと感じざるをえません。国民は諸手を挙げて、天皇陛下の退位を願い、感謝の念を発して労うべきでありましょう。
私は陛下の並々ならぬ敗戦後からの日本国民への誠実なお働きを高く評価していました。多分精神的に多大なご負担があったと推察します。初めての沖縄慰霊、跪いての災害被災者への慰労、それらは一部の心ない偏狭な思想家からは非難の言葉を浴びせられていたのはご存知であったと思います。その心労を思うと、陛下の生前退位はやむえない行為だとします。結果として女性が帝位につく可能性は考えられるでしょうが、嘗て女性皇位も持統天皇や元明天皇と居られた訳ですか問題はないでしょう。

むしろ、全力で皇位を全うした陛下には、礼を尽くしてご退位を労い感謝すべきでしょう。
私は生前退位を諸手を挙げて賛意を表します。

それにつけても安倍氏は特別立法で逃げるといった姑息な手段をすると報道されていますが、陛下に比べて何と浅薄な不誠実な行為といわざるを得ません。臆病で口先だけの政治家だと思っていましたが、彼は陛下のように自らの仕事に命を賭して遂行する貴人としての資格を欠いています。それを選んだ国民も愚かだと言いようがないのですが、今や日本国民は総じて懺悔し天皇陛下の生前退位を実現させるべく行動しようではないですか。

最早、政治改革を叫ぶべきだ。先ず、政治家の世襲制を禁止すべきだ。地域古老の政治勢力を抑制する運動を開始すべきで、その先で小選挙区制を改革しなければならない。この制度は政治資金を抑制するために立ち上げた制度だが、最早、ざる法である。その弊害の方が目立っている。その害は個人に勢力が集中しがちであり、政治資金が一箇所に集中して独裁者を生みやすくしている。それらの弊害をなくすために日本人には馴染みにくい小選挙区制を廃止すべきである。
米国のように一極に集中する事を好む一神教的、いや、ユダヤ的政策を物まねすべきを廃するべきで日本人は古来より多神教の融和精神を基層としている。その思考法を離れて制度を組むことは究極では破綻する。制度改革を始めるべきだ。
30年前私は「ゴジラ」を単なる怪獣映画として観ていたような気がする。今日、また見直して見ると理想化・単純化してはいるがこれは反戦・核禁止映画とも取れる。
今の安倍政権はこの映画を熟慮して観て欲しい。あの首相の潔さや勇気は彼にはかけている資質である。
核弊害の化身が通常科学
で太刀打ちできるとは思わないが、その反抗精神こそ必要な資質なのではなかろうか。人間の弱さを真に自覚することこそ我々の環境を守る事になる。

嘗て、岡本太郎はブラジルで余にも遅い仕事振りに腹を立て、急げと急かせると、「何故そんなに急ぐのか。進歩は余り意味がない」と言われて、「はァ」として気がついたことがあると、ある談話で話していたが進歩は必要ではあるが、最重要事項ではないのだ。地球が汚れ、環境が破壊される事のほうが重要事項なのである。
今、欲望を抑え、生きる価値の転換を考慮すべき、時期に来ているような気がしてならない。
私は何となく伊集院さんの番組を聞いてしまう。それは彼が落語の八っさんを思わすからかもしれない。
おっちょこちょいで出者張りそし誠実な気質に魅かれるからだろう。

その彼がゲストの宇都宮健児さんを呼んだ。私も宇都宮さんが都知事候補を辞退した理由に興味があったので、タイムリ一であった。
その理由が彼が作っている若い仲間達の苦悩を考慮しての事で納得が行くものだった。そして、鳥越氏の応援演説を辞退したのは一つに13年前の強姦事件の本人の弁明を聞きたかったのと彼が自らを語らず弁護士に任せた不誠実な態度に疑問をもった事からであると述べた。
私も鳥越氏の軽率な立候補を疑問を持った人間だが、彼の報道人としての実績は評価するものの彼の行動は軽率だと思っている。但し、それを週刊誌がこの時期に報じるのは選挙妨害を否めない。それも彼の脇の甘さなのだが、立候補するなら衝動ではなく熟慮して欲しかった。
今でも、宇都宮氏の決断は重く評価するが、つまり、野党連合は今度の失敗に懲りず続けて欲しいからです。出来たなら宇都宮氏が権利を取って欲しかった。
世は大局が見られない近視眼的な人間が増えているので、彼のような地味で堅実な政治家が必要なのである。本当に。
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