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ニニギ命が襲(噌於)の地と関わりを持ち、その接点が南九州を代表する海人族・阿多隼人であると推察する。(私はむしろ、阿多隼人の首長こそ塩土老爺ではないかと疑っている)海人族の交易は異文化と異人種に触れ、其処からの情報から、開放的で革新的な発想を身につけていることは疑いないだろう。「古事記」でニニギ命は襲から、直ぐに笠沙へ行き、大山祇命の娘・吾田鹿葦津姫(コノハナヤサクヤ姫)と出会い、彼女を娶り子をもうけている。そのことは、海人族がその情報により、ニニギ命が何者であるのかを知り、山の隼人である大山祇命へ報告していることは考えられる。海の隼人の吾田隼人はニニギを受け入れることによって、南九州に多くの利益を齎すことを十分承知で、原住民と江南の渡来民の血縁を結んだのは、海人族の革新的な姿勢がそうさせたのであろう。
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