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暫らく、政治に特化し過ぎて、後ろめたい気分であった。漸く、本来の古代史に食欲を転じる。直ぐに神武は少し胃にもたれるので、倭の括りで長江流域の話題から始めようと思う。先日、ある女性(東北出身)と話していて、オシラ信仰についての説話を思い出した。
オシラ信仰とは「蚕の神話」であるが、ある日旅に父親が出て行って、三年の長きに戻ってこなかった。そこで其処の娘が飼っていた馬に話しかける。「もし、お前がお父さんを連れてきたら、お前のお嫁さんになってあげる」と約束をする。すると、馬はすっと、出かけて行き父親を連れて帰ってきた。何も知らない父親はある時、娘から嫁入りの話を聞いて驚き、馬を殺して、革を剥ぎ表の木に掛けておいた。それを知らない娘はその木の下を通ると、川になった馬はひらひらと舞い上がり娘を包むと、空へ向けて舞い上がり、天上に行ってしまった。そして、馬と娘は天上で蚕を抓むんだという話である。蚕のさなぎが馬に似ているのはその名残りであると言う。
その説話は四川省の蜀に全く同じ内容で語られている。
蜀は日照時間の少ない土地で、「蜀犬、日に吠える」(日の出ることが少ないので、雲間から陽が洩れるとその眩しさに犬が驚き吠えると言う諺である)の例えのように、日の出入りの時、雲間に「太陽柱」が出て、これが非常に神秘的だと言う。又、桑の樹は水分を必要とすることから水がなければならないと言う。その情景が「太陽樹」と言う言葉を生み。水稲の盛んな蜀に稲の豊穣を祈って「扶桑」と言う伝承を生んだ。ということであった。
「扶桑」と言う言葉は「日本」と言う国の代称でもある。稲と絹の豊穣を祈ってつけられたと想像するが、江南と倭の繋がりを考えると、非常に興味深い伝承であると思う。
因みに、「蜀犬、日に吠える」と言う話は、隼人の呪術・犬の遠吠えを思わせ、個々にも江南と南九州の繋がりを思わずにはいられない。これも黒潮文化の影響だろうか。少し探求する余地を残すが、興味ある話題である。
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