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2011.04.07 安曇その4
元来、私は天孫降臨を思想上の表現の問題と考えています。大和朝廷は自らの祖を天におき、聖なる系譜として語りがたいために高天原を設定したのです。ニニギ命の降臨は聖なる継承者としての証でしょう。実際は野間半島に上陸した江南の漢人だと言うのが史実だと考えます。

江南から東シナ海を出た船は黒潮に乗り、対馬海流と東経由の黒潮に分流するのは以前述べましたが、野間半島はその漂流先なのは、太古から知られており、半島に住む阿多隼人も又、海人としての交易や漁猟生活の糧にしていた種族が幸いして、江南人の受け入れは容易であったと思われます。
初期のニニギ命から神日本磐余尊までは末子相続であり、犬祖神話・鵜飼や文身の習俗を考えると、明らかに呉越の文化の影響が顕著です。
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