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何時も、もう政治の話は控えようと決めるのだが、それを上回る劣悪な政治状況が現れてしまう。
今日は政治状況ではないはずなのに(地裁判決)、結局は政治が背後にある。
9月27日のラジオで江川詔子さんが<大久保・石川他の裁判>を評論しておられる。私は江川さんの客観的な状況報告は信用している。その江川さんの状況報告からの感想は、今度の地裁判決は近代的な裁判傾向に甚だしく逆行している。証拠や自白もなく、想定と思い込みと裁判官の意向だせが先行した中世期の裁判である。本当に恐ろしい裁判である。考えようによっては、創作検察よりひどい判決である。
私はいつも思うのだが、「裁判官審査制度」はないものかと。大体、最高裁裁判長は施政者の任命なのは敗戦時の米国が最終的に結論を行使できるような体制なのである。この風潮がそのまま地裁まで及んだような傾向である。政治的な判断が裁判官の間で操作されているような状況が、推定される横並びの今回の
地裁判決は思想操作の臭いがする。検察が証拠を探しつくす行為は「無駄だ」だ裁判官の判断の方が正しいのだと言っているようだ。こんなことは魔女裁判に近い。少なくとも、今回は証拠と自白の調書が欲しかった。危ない裁判だ。ほとんど、先にある小澤裁判のさきがけを受け持ったような連結裁判だろう。それがわからない人は皆無だと思う。幼稚で国民の知性を馬鹿にした愚かな行いである。
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