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2011.10.10 少し倦怠感
この頃、少しやる気が失せている。三ヶ月ぐらいの周期で倦怠感が訪れる。性格にもよるのだろうが、その最盛期では何もかも放り出したくなる。若い頃は、直ぐに酒を飲んで解消したが、歳と共に酒の量も少なくなり、今では医者に禁酒さえ宣言される。私の弟二人も大酒のみでそれだけが原因ではないだろが(ストレスもかなりあった)、癌で亡くしているので、あの日常生活の苦痛を目の当たりに見ているだけに、自重せざるを得ない。酒に逃げ込む手段ももぎ取られ、仕方なく読書へと逃げ込むのだが、難しい内容とか長い文章は無理で短い文章を無理読みせざるうを得ない。
昨日から、あまり好きでもない田原総一郎の対談集に目を通していて、後藤田正晴との対談で面白い文章に当たった。それは後藤田が開戦間際(中尉だったそうだ)に、各上官が日米開戦をかなり多くの将校が悲観的に捉えていたのに、東条以下の好戦主義者を止められなかったと話していた。
ルボンと言う心理学者が群集は愚鈍になると唱えていたが、多分開戦当時も権力主義者や金権主義者のほかに少し想像力を持った人たちも多くいたことはいたのであるが、所詮頭のいい人と言うのは結局、穏やかな利己主義者が多く、自己保存を図って諦めてしまう。いつの世も、こうした自己愛の強い人たちによって成り立っているし、また、思想操作で啓発された群集が一部の権力者に操られて状況を加速的に進行させてしまう。本当は、それを抑止するのがマスコミなのだが、日本においては構造的にマスコミも悪しき権力者よりに傾いている。
つまり、一つの集団と言うものは理性を超える。だからこそ、日常の備えが大事なのだが、何もない平時にはそれを疎かにする。まあ、それが人間なら仕方にとも思う。
観念的に言えば、開戦時に多くの勇者(考えた人は多くいたのだから)が行動していればとも思うが、それも絵に描いたもちだろうう。仕方がないといえば言える。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏といったところかな。
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