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鹿児島県資料歴史センタ~から私が問い合わせていた返事が届いた。予め予想していた結果である。近畿や北九州の遺跡以上の事実が南九州に出土していないので、学会の現状を踏襲する。また、神話・伝承も現状認識に留まるとの回答である。ここでも、識者の実証主義的な狭量さが現れている。私は実証主義がいけないとは思っていないが、考古学にとってそれは弊害が多いと思っている。
過去の現象は古くなれば古くなるほどその事実は掴みがたくなる。現状ではモザイクの数辺が見えるだけでその全体は掴みがたい。そこで大切なのは仮説や想像力である。勿論、その方法が今の学問の方法では認められていない。モザイク的事実が評価される。
例えば、現代なら信州のりんごはその農協名を辿れば、生産者が誰でその気候による品質の善し悪しから飼料の状況や生産者の技量まで調べることが出来る。そしてそのりんごは王林でありその改良の過程まで辿ることが出来るのである。しかし、古代の事実の認識はその断片しか把握が出来ない。調べようにも、時が事実を飲み込んで隠してしまっている。だから、考古学実証だけでその事実を判定すると真実の見究めを誤ってしまう。もっと心配なのは、物事の進展をとどめてしまうことである。可能性を秘めた古代史の解明は学問的な解決と共に、仮説や想像力的な視点を認めて研究しなければならない。狭量であっては解明を遅くする。自由に研究の方法を拡大して議論を喚起して行くことこそ大事である。勇気を持って仮説や想像力を喚起しようではないか。
私は何時も、古代史を読むとき、シュウ~リマンのトロイ発掘を思う。神話はその根底に史実が横たわっている。その信念があのトロイを発掘させたのである。私も古事記のニニギ命から神武東征までの神話には史実があるはずであると信じている。薩摩には新田神社や鹿児島神社そして日向の鵜戸神社、宮崎神社と各命が祭られている。また、笠沙に「久米」を記した土器片が出土している。呉の太白伝承、江南の習俗である入墨や鵜飼、末子相続、近親相姦の逸話。これだけ判断材料が揃えば、「記・紀」の神話が強ち、作り話だと決め付けるわけにも行かないだろう。ただ、古代は既に数千年を経過している。科学的実証だけで解決が付かないのだ。科学の方法論が帰納法であるが、その外延がモザイクと仮定して、現代ならモザイクは全て集めることができるが、過ぎ去った時の中にあるモザイクは容易に全部集めることは困難である。勢い、最大公約数で論証しなければならなくなる。推論もまた必要なことなのである。学者は嫌うだろうが、完璧は得られない。古代史の科学もまた、そんなものなのである。科学的精神さえ失うことがなければ伝承や推論で固めるより方法がないのだと思う。
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