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私は以前、大宮の氷川神社を詣でたことがある。そこは氷川とあるように、出雲との関わりが強い。ここでは長くなるので後日に述べることになりますが、出雲には築杵大社と石見には物部神社があり、両者は仲が悪いと言う。当然、大宮の氷川神社の祭神はスサノウ命であるが、門客人社がもうけられてあり、その祭神は手名椎(てなずち)足名椎(あしなずち)である。それは豊石窓(とよいわまど)と櫛石窓(くしいわまど)のことで古くは荒脛巾神(あらはばきしん)のことであった。
常陸国から東北にかけて荒脛巾神はサエ(塞)の神とされ、侵入する邪霊・悪霊を追い払う役目を果たしていた。これは別名、御石神(みしゃくじ)とも言われ、縄文時代からある道祖神が源といわれ、私の推測では土偶との関係が見られる。つまり、土着の守り神(産土神)であった。
それが大和朝廷の侵略で滅ぼされて、天孫の神に取って代わられ末社で祀られるようになり、門客人社に疎外されたのである。
ここで複雑なサエの関係が出来上がるのですが、サエとは悪霊を防ぐ霊力があるはずなのだが、見ようによってはその悪霊にサエの神は滅ぼされてしまったのである。そこに祟りの意識が征服者の方に現れるのは古代ではよく見られる現象である。だから、神社内に祟りを封じ込む門客人なる奇妙な神を祀ることになる。なおのこと、複雑にしているのは氷川神社の仕官が物部氏であることです。出雲では築杵大社と物部神社が仲が悪いと述べましたが、氷川神社では異種・異族が三位一体となって渾然しているのです。朝廷と出雲と蝦夷が一つの神社の中で祭られているのはこの氷川神社だけな様な気がします。これは大変興味のある事象で私は、神武東征の考察が終えたら、この蝦夷・荒脛巾族と物部氏の関係を調べてみたいと思っています。
荒脛巾(あらはばき)は御石神・ミシャクジとの関係、さらに土偶との関係、また道祖神との関係が見られるので、追求のかいがあると言うものです。多分、それは諏訪大社との関わりにも波及するはずで考えただけでもワクワクします。そこに、物の怪の物部氏です。魑魅魍魎の世界ではないですか。古代史の本質を見るようで(?)、先が楽しみです。
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