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やはり谷川史論と私は相通じるものがある。
「白鳥伝説」はかなり長い論文でもう一ヶ月近く取り組んでいる。(谷川論文は確認が多岐にわたり通読が困難です)今日、何とはなしに巻末の編集者との対談を目を通すと、次のような対談が目に入ってきた。「戦後の歴史学は、神武東征は架空のものである、と否定しています。」「神武の東征はなにかの事件を漠然と表現しているにちがいない。」と神武東征の史実性を述べて、「物部氏の祖神のニギハヤヒが神武東征以前に大和の中央にいた、というのはどんな事実の反映だろうか」と疑問の意を呈してる。長脛彦と物部氏との関係に触れ、安倍氏と蝦夷の融和にも史実を展開して行く。
蝦夷と安倍氏の問題は常陸や東北の勢力図の論及になるので、追求するには、少し時間が必要ですが、神武と物部(ニギハヤヒ命との系図の問題)の問題は当面の課題であります。このことが史実が裏ずけにあると宣言されていることは,私にとってかなり勇気ずけられることです。大体、学者の八割は「神武東征は創作」と言ってはばからない、気の弱い私などは、ともすればそれらの論説に引きずられそうになってしまう。この頃のように「久米氏や物部氏の出自資料」は皆無で、行動すれば私の意見に賛同してくれる人間も一人もいない状況で、ややもすれば萎縮してしまいそうなのが、こうした勇気ずけられるコメントは地獄に光明を見出だした気がします。明日からの糧になるといっても言いすぎではありません。先生がご存命なら手紙の一筆もしたためたいのですが残念なことに先生は亡くなっておられます。それほど私は感動しました。強い味方が現れたのです。


私の日本語の基本は「音」による意味の集積と考え、思想は原則的には多神教的発想の根源が深層意識の中に存在すると思っている。
そして、その総体が日本人である。
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