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このテ~マはこれで終わりにする。書いていて、苦々しい記憶が蘇えってきて暫らくは不快な気分になる。実在の人物でその実生活を検分しているだけに辛くもなる。
さて、Sさんですが、この人は女性です。色の黒い太った中年で直接の被害者ではありません。夫とが占領軍の兵士に態度が悪いとののしられ、下腹部をけり倒されて、潰れて病院で手術が出来なくて(費用の工面がつかなかったそうです)、腐り寝たきりの状態が続いていたのです。米兵の氏名はわかっているのですが、S氏に落ち度があると言うことで不起訴です。友達と一緒でしたので、その人の証言ですと、会話(勿論英語です)が解らないので、無言だったのが相手の苛立ちを誘い、相手が感情的な反応をしたと言うことでしいた。
この人は警察がSさんに否があると証明したので、その後の補償も給付も受けることが出来ません。つまり、泣き寝入りです。連盟では色々と政府に(米国は無視です)交渉しましたが、生活保護を受けるよう言うだけで被害者としての認定(公的にはないのですが、連盟内の会員資格の記載を公的に出来ず、単なる連盟の会員としか扱われません。これは重要なことで、政府が公的に給付なぞを支給する時には除外されるのです)されませんでした。
こんな不条理なことがあるでしょうか、しかし、日本に於ける戦後の実情なのです。不幸なことです。他人は不幸で済まされるでしょうが、当事者は生活があるのです。重荷を背負って生きつずけなければならないのです。
その後の生活を私は知っています。決して美談べS夫人が夫を支えたを言う生易しいものではありません。夫人の稼ぎなぞ知れています。家庭は愚痴の言い合いで暗くただ一緒に生きていると言った方があったています。
生きると言うことはどういうことでしょう。初めからハンデがあったまま出発では不平等この上ないのではないでしょうか。
占領軍の被害者については私はこれで話すのを打ち切りにします。
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