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私は自分が映像を中心に創作を選んだのは、文字を武器に創作する才能を欠如しているからと考えたからです。つまり、文字に対する劣等感があったからに外なりません。
今ならそれは間違えだと、はっきりいえます。私は愚かにもそこから逃げたにすぎなかったのです。文字が持つ多面性に挑戦しなければならなかったのです。愚かにも、私は今、そのことにはっきりと解ったのです。カフカが城に入る努力(城とは私達の理解を超えた不条理、例えば生死の本質が解らないのにそれに挑戦する勇気<愚かさ>を言うので、城はその厳然として聳え立つ神の域(いき)のことです)を今、私は敢えて挑戦しようと考えたからです。愚かですね。諦めも時として、美徳なのですが、私は粘ることを選択しました。多分、このことを自主性と言うというのだと思ったのです。

今まで、何回ともなく、TVからラジオへの転向を話してきました。即物的な映像より想像力を喚起する言葉に本物を見たからです。そこで様々な人の話を聞いてきました。私は、米国は少数の誤った人たちが支配する国だと思っています。だから、私は米国が嫌いなのです。しかし、ア~サ~・ビ~ナ~ドのような人と合うと米国の懐(ふところ)の深さを思い、複雑な気になります。あの愛国心と言おうか、確固たる自主精神は素晴らしいと考えます。彼はアメリカを愛するからこそ、自国の誤った偏(かたよ)った帝国思想を批判できるのです。今の日本人に欠如している精神だからです。私は、はっきりと彼は真のアメリカ人と認めることができます。私も、現在のアメリカの悪しき経済主義は間違っていると考えます。彼はそのことを敢然と主張します。まあ、そんなことはないかもしれませんが、米国は自分の思想に合わない人間は力で抹殺します。謀略や殺人、手段を選びません。何人の優秀な人たちを闇に葬ってきたことでしょう。ア~サ~がそうならないとはいえないのです。今のかれの地位を奪うなどは、独断的な人間たちにとっては簡単なことなのです。自分の手を汚さずに謀略と言う卑劣な手段で葬ります。ア~サ~はそのことを百も承知で発言します。その主体的な精神こそ、私は尊敬に値すると思います。以前から、ア~サ~の発言には触発されることが多かったのですが、多分、あまり意識はしなかったのですが、彼の自主性がじわじわと私の愚かな行為を決断させたのかも知れません。でも、私は思います。何と素晴らしい愚かさでしょう。「愚かさの事はじめ」です。ここから私は始めようと思います。

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