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この人の著作を読んで何時も思うことは、連想ゲ~ムと推理ゲ~ムの連続で飛躍が多すぎて解ったような解らないような奇妙な気分である。
最後の結末を少し披露してみよう。「猿田彦大神が塩土老爺(住吉大神)や弥五郎ドンによく似るのは、この神の課正体が竹内宿禰と考えるとうまく説明がつく」と書いているが、いくらその同一性を説明しようとしても、短い紙面では無理である。例えば塩土老爺が住吉大神と同一人物だと書かれても、塩土は綿積神であり住吉は筒男神で確かに同じ禊で現れるのだが、綿積神は安曇氏の始祖で筒男神は津守氏の神である。と「記・紀」に記してある。この差異を論理的に説明しなければならないのだが、この人は連想ゲ~ムで解決してしまう。だから、一瞬解ったような気になるがよく考えると単なる語呂合わせ打と解り妙な気分にさせられてしまう。
時には明らかに間違えていると思うことでも平気で喋りまくる。安曇族は宗像族であると言う。確かに同じ海人族には違いないのだが、安曇はイザナギの禊で生まれた海人族で宗像は天照大神とスサノオとの誓約から生まれた髪である。イザナギは安曇氏の祖・綿積神が生まれた後に天照大神とスサノオ・月読神を生むのです。禊の後裔が誓約の結果、宗像三女神を生むのです。(これは私見ですが、安曇は江南系で宗像は新羅系なのです)
今、述べたことで解るように、安曇と宗像は別系列の海人族なのです。それを関裕二は同族と言ってはばからない、その説明も十分ではないのです。(私は説明の余地はないと思います。明らかに間違いです)
今、述べたように彼は確かによく著作を読んではいますが、知識に追われて検証が等閑になっているような気がします。
一箇所に「隼人」と「安曇氏」が同族と書いている所があったので、注目して読みましたが、結局、彼は渡来系と先住民の区別に言及することもなく、通りすぎました。「隼人」が大和朝廷のなずけた用語なのでその語源にもふれなければならないと私は思うのですが、どうやら「隼人」と「熊襲」を同列に置いたまま話を進めてしまったようです。出来れば「曽於族」との関わりや「阿多隼人」「薩摩隼人」「大隅隼人」「甑隼人」の歴史や曽於族と熊襲(彼の得意な語呂合わせ<襲>と<曽於>の意味なぞを解明してっ欲しかった。しかし、彼は説明なぞ必要ないのか急いで駆け抜けていったようです。

ただ、博学なのでなるほどと感心させられることも多いので、惜しい著作だと感じます。
天孫降臨に関しては参考になりませんでした。
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