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私はパソコンを設定してもらった時から、なるべく一日に一度パソコンに向かおうと決めていた。このところ、久米氏の資料を中野中央図書館に依頼した関係から、お勉強に支障をきたしています。そこで、昔、読んだ大化の改新の周辺を読み返しています。意識的に読んだわけではないのですが、再読すると、目が覚めたように物事の理解が深まって行くことが解る。勿論、神武東征の主題に添っているつもりです。八世紀の初旬は「古事記」「日本書紀」の編纂の前後なので、後々詳しく読もうとは思っていました。読み返すと、やはり、古代史を言えども現代と連なっているのが解ります。
また、一段と内容が膨らんで行くようで、嬉しくなります。勿論、専門家になるには遅すぎ、好事家の域をでないでしょうが、愚かな老人の生きがいは出来たようです。今、藤原氏の四摂家(南家、北家、式家、京家)のうち北家が残り、近衛、一条、二条、九条、鷹司が北家を継続して現代に連なる。藤原家がこうして、外戚を手段として現代まで影響を与えているのは理解を超えていました。くどいようですが、谷川健一教授に言う「縄文からの意識の連続性」は綿々として歴史に生きてるのを目のあたりにして、なぜか意欲が益々燃え上がります。

正直に言うと、神武東征を手がけた時は、戦後史の参考領域の域を出ていなかったし、多少のためらいがありました。私は遠まわりしているような気がしたからです。しかし、今は、「意識の連続性」を実感しています。老人の新たな嬉しい発見です。いつ命が尽きるかはわかりませんが、行き着くとこまで行くつもりです。
40年へて、物を書こうなどとは愚かしい行為と思いますが、今や世間の目を気にしている余裕はありません。突き進みます。
リハビリ宣言ですね。
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