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俳句を一句。

人恋し、待つ身の秋(とき)は、胸騒ぎ

陽が暮れて、冷気が西の端からやって来て少々感傷的になってきた。ふと、雑誌を手に取ると、バベルの塔の記事が載っていました。もう、30年前ユングの神話についての著作を読んでいて、ギリシャや中国、新・旧聖書を読んだものです。不思議とその時は、「古事記」「日本書紀」は眼中にありませんでした。記憶を辿れば、山姥伝承やお伽草子などには興味を示したと思います。
聖書は面白く、「アダムとイブ」「ソドムとゴムラ」「ノアの箱船」「黙示録」などを記憶しています。勿論、聖書を宗教書として読んだのではなく、あくまで神話として理解していたようです。その後、マヤやインデアン、アフリカの神話にも手を出したはずですが、あまり覚えてはいません。
今考えると、その時の知識が現在の遺産として残っていたのかもしれません。はっきり言えることは、ユングの「元型」や「集合的無意識」は私の考え方の原点の一つだと思っています。

歳なのでしょうね。回顧が日々駆け回ってきて、本当に走馬灯のようです。自分でも驚くほど次々に過去の記憶が蘇(よみが)へってきます。歳をとると、記憶が減退すると言うのは、多分、俗説のような気がします。それほど頭の中は意気軒高です。
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