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2011.11.25 古代の言葉
古代史を学ぶ中で中心になる言葉にはいくつかありますが、今日は国(地・くに)について考えてみようと思います。
古代で「国」を決める要素は産土(うぶすな)と戸喫(へぐい)だと思います。
「国」は古代では土地と表現します。「地」が国の意味です。そこで「地」の意味ですが、私は「産土」(うぶすな)が関係していると思います。
産土とは、昔はお産をする時、小屋を立て、そこに先ず、土や砂を撒き、その上に藁しべを置くそして茣蓙(ござ)や筵(むしろ)を重ねて、妊婦は腰に藁の束を巻いて、布団に凭(もた)れて蹲踞し、綱を握りながら子を産みます。そして、産婦が変わるごとに土と藁を入れ替えたと言います。その地(砂)を<うぶすな>と言った。
そのミアレ(出産)は創生を意味し、地(くに)の創世に転化される。地とは生み出すとこの意味も含んでいる。

元々、産小屋は一回終われば小屋には火をかけたと言います。(コノハナサクヤ姫が子供を生むとき、土室(つちむろ)をたて、火を放って子供を生んだと古事記は記しています)

さて、戸喫(へぐい)ですが、イザナミ(妻)をイザナギ(夫)が黄泉から国へ戻ってやり直そうと頼んだ時、妻はこの国の食べ物を口にしたので帰れない。と、答えます。食べ物と国(地)は、人と自然の循環・・・「掟」に拘束されると言っています。地(くに)の食べ物を食べた人こそ原住民なのです。つまりその国の人間と言うわけです。

地(くに)とは子を生むという宇宙原理と自然の摂理が染み付いた逃れられない掟がその根底に横たわっているのです。私はそこに、ユングが言う集合的無意識と社会的DNA(意識の連続性)を感じます。
国(地・くに)とはそう言う意味ではないでしょう。

意識の連続性から言いますと、その作用は縄文時代が一万年の月日を経過していて、弥生時代から現代まで足しても十分お釣りがくるぐらい自然や人間関係との関わりが多い。DNAと環境との作用と反作用を繰り返すDNA形成は縄文時代に日本人のDNAが確立したと言っても過言ではないでしょう。それなのに縄文に関する研究は少なすぎると思う。我々はもう少し縄文時代への関心を持ってもいいような気がしてならない。
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