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私は嘗て、新聞配達で作っていた野球集団で投手をしていました。そんな関係で、プロ野球には多少興味があります。
最早、その興味も薄れはしましたが、全然、没交渉ではありません。今回の読売の乱も馬鹿な内輪もめですが、私の今度の話題は、横浜DeNAベイスタ~ズの監督問題です。どうやら高田GMと工藤監督候補の意見の相違であったように伝えられています。

これも魚や植物の外来種と国産種と同じで、米国志向のGMと日本的志向の監督の確執であろう。またぞろ外国種の優勢のようだが、いずれにせよ、野球は外来種で根本的には日本の古来からある志向にはそぐわないのです。米国の大野球(メジャ~アという用語は避けてみる)のシステムを無批判的に導入する新市場主義はどうやら、選民主義の延長上にあって、トップを選びそこから球団を運営すると言う考え方であろう。私はこの外国種の国内制覇を見るようで不快である。今、私は日本人の自主性を主張したのである。
馬鹿の一つ覚えみたいで恐縮だが、太古から私達は多神教の指向で物事を考えてきた。しかし、その弁証法的対話の論理、つまり融和の誇り高い妥協主義が外来思想を取り込むと言うややこしい混同が、一件外来種を取り込んでいるように錯覚して、愚かな識者はその根底を見過ごしている。

私は工藤派で「和・倭」をその根底に置く思考法を推奨する。その方が日本人的であると思うからである。流行(はやり)は高田的、いやDeNAの経営手段的なのであろうが、気取って言えばもう資本主義的個人主義の拡大瀬策は曲がり角に来ているのです。欲望を刺激して商品主義を拡大すれば行き詰まるのは目に見えている。ここは本質的な反省が必要なのです。
内需を喚起して和をもって尊しとすべしです。
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