上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011.12.20 創作11
浜田山は数年前、町名改名で高井戸に改名した。神田川北側の台地に位置している。神田川に行き着くには、舗装もされていない道を下る。川の周辺は両側、二百米に渡り水田が広がって、神田川から網の目のような水路が引かれ、秋ともなれば、稲穂がそよ風にまるで、黄金の絨毯のようにたなびいている。その美しさは田園そのものの美しさである。
南側の高台は武蔵野の原生林が黄土室の道を覆い尽くし、陽の目さえ見せない。上から神田川を見渡すと、川は大きくうねり、遙か永福町の高台まで連なる。川のうねる所は広い中州を形成し、その曲がりきった所でに橋を掛けて、氷川神社へと繋ぐ。
神社の裏鳥居を潜ると、楢やブナ、傍らには赤松が見られ、右に急ぐと、神社の拝殿に行き着く。拝殿の前は広々とした空間が施され、周囲には神輿を格納する蔵が並べられている。その右側に石座が数個置かれていた。佐伯警部はその一つに座り込み、神社の清らかな静寂を浴びながら、一人黙考する。
神社の南側は雑木林と畑が連なり、ひと一人見ることは出来ない。夕方になると、街頭も疎らで、神として荘厳な気がする。夜の帳は闇が遣ってくると、深い沈黙が赤い咆哮を発するやうな無気味さを醸し出す。神社は沈黙の大王さながらに闇の中で沈思黙考している。一日中、神社の周囲は沈黙に包まれ、人を寄せ付けないと言える。
佐伯警部は石の台に腰を下ろして、この目撃者が見込めない犯行現場に前途多難な捜査をめぐらしていた。多分、通り魔的犯行が予想されるので、お蔵入りの可能性が頭の中に掠めて、臍を咬む思いに患った。
大伴雄三が人間的に欠陥がある人なら、どこかで齟齬が生じて、犯罪の糸が見えてくるはずである。しかし、大伴の省内の評判はすこぶる良好である。利権の温床である業者に至っても、きめ細かい配慮がなされていて、それなりの均衡が保たれている。辣腕と言うより彼は鈍重な雰囲気を醸し出し、妙に安心感を与えて知らず知らずに彼のぺ~スに引き込まれていった。部下に言わせると、大友は根回しが尋常ではなく、蟻を倒すライオンさながらに推理を尽くすと言う。それだけに彼の人脈は甚大で信頼も厚い。そこに彼を憎む要素は生じることが少ないのである。
そんな時、佐伯警部の取るべき方針は捜査の基本である情報収集である。それも原始的な対面捜査であって、過去の記録や情報に捉われることもなく、足で稼ぐことであった。そのために、警部の片腕である鳥居彰浩を四谷署に派遣したのである。合理的な方法で言えば、夜の商売であるスナックを聴取するのには夕方から始めればいいのに、敢えて昼から始めたのにはいくつもの意味が込められているのである。意外性や粘着力、初歩的な捜査の確認を身をもって感じさせることを無言で教えたかったのである。
当然、若い世代はその無駄な捜査に不満を抱く。もっと、インタ~ネットを効果的に使用すべきであり、個々の犯罪の形態を資料室で徹底的にあぶりだして、比較研究してから効率よく捜査に従事すべきだと主張する。特に、菊池刑事はその方法で今まで成果を挙げてきたので、その主張は激しかった。しかし、今回の捜査方針は菊池の意向も退けている。鳥居警部は菊池刑事の顔を時、素早く佐伯警部の並々ならぬ難しい犯罪を感じ取ったのである。
捜査に状況は雲を掴むような状況である。大伴が事件に追う原因が極めて薄いのだ。佐伯警部の経験から推し量ると、通り魔事件を思わせる。しかも、犯人が初犯である可能性が濃かった。大体、事件は有機的なつながりが濃く、通常なら規制の情報を集めることによって、事件の道筋が現れるものだが今回は煙がなさ過ぎるのである。謂わば、佐伯警部の勘なのだが、現在の科学捜査全盛の中で、勘などと話そうものなら、人格が疑われかねないばかりか、部長刑事としての能力さえも軽視されかねない。ここは情報よりは、地道な事実を重ねて行くよりは方法がないのである。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/263-5da2f2b0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。