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南方諸島から黒潮に乗れば、速い潮の流れで日向・土佐・紀伊・伊豆の南端に着く。黒潮の源はファヒネ島近辺である。ファヒネ島から紀元前以前に祭祀遺跡があり、漁具と船が出土した。
舟はカヌ~状のもので横・七米、マスト・十二米、長さ・二十米もあった。

<ポリネシア文化>
アウトリガ~・ポリネシア人は少なくともBC1000年頃より以前に舟(アウトリガ~)によって南太平洋一帯を航行していた。海図は木の板式海図である。カラカラ、ニコニコ、ピカピカ等の重ね語はポリネシアが起源である。熊野はポリネシア語では「多くの人が到着したところ」と言う意味がある。

熊野杉は舟の材料である

地中海の古代舟は釘着法によって、木材を接合するようになっているのに対し、北方地域の古代舟は一本の巨木をえぐった舟になっている。
朝鮮半島において、釘着法を用いた舟が発見されたことから、地中海の造船技術も伝播したと思われる。
それはその後、黒潮支流にのって、山陰・北陸にも伝えられたと考えられ、日本海側の沼湖からも発見されている。

日本列島においては、縄文前期頃から丸木舟が存在して、九州・沖縄・朝鮮半島と通航しており、「魏志倭人伝」に述べられた朱儒(倭人)によって運行されていたと思われる。

千葉県からは、縄文のものと見られる丸木舟が全国に多く出土している。(70の遺跡、井戸田、飯塚、中野など)

その他、加茂遺跡、中里遺跡、ユリ遺跡、松原内遺跡、真壁遺跡など
例・加茂遺跡からはBC3150から3400年の丸木舟が発見された(長さ4・8米、巾0・7米)・・・犬萱(いぬかや)の櫂が3本出土している。

<丸木舟の製造法。
5米程の木を石斧で伐り、丸太の上側を火で熾してから、くすぶらしながら上部から炭化させて、木を刳り抜いて、舟型を造る。
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