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禊祓と誓約について
禊祓はイザナギ命が黄泉の国から帰って、その穢れを筑紫の日向の橘小門の阿波岐原で祓う。そのとき、様々な神を生むが、最後に綿積見神や筒男神そして、天照大神、スサノオウ、月読神を生む。

綿積見神は安曇氏の祖で筒男神は住吉大神である。安曇氏は滝川政治郎は江南からの海人族だと説いている。つまり、中国からの渡来人である。

海人族にはもう一族、宗像海人族がいる。宗像の女神は天照大神とスサノオウとの誓約で生じた海人神である。宗像三女神は朝鮮系の海人神といわれ、新羅との関われが濃厚である。

ここで安曇海人族は中国・江南の海人族で、宗像海人族は朝鮮半島からやって来た海人族である。中国と朝鮮との関係は、その文化的影響が中国が先行していて、朝鮮文化はそれを習う形で進行してきた。文化的には、明らかに中国文化が先で、その後に朝鮮文化に伝播したと考えるのが通例であろう。

「古事記」「日本書紀」はその時間的経過を踏襲して、先ず、安曇氏を先行させ、宗像氏をその跡に扱う。(綿積見神と天照大神・スサノオウの関係)
それは南九州系王朝(神武天皇ら)と北九州系王朝(大和王朝・・・朝鮮系王朝)の関係に類似していると私は思う。


イザナギ命は「日本書紀」で、<その事勝国勝神はイザナギ尊の子で、またの名を塩土老爺と言う>と述べている。この記述は、綿積見神と塩土老爺は同族か同類と考えていいと思う。つまり、塩土老爺は安曇氏の同族でその首長であると考えられる。
神武東征で神武天皇は塩土老爺に重要な問いを投げかけ、老爺はその問いに「大和」を示唆する。当然、この関係は君主と重臣の関係で、塩土老爺は正確で多くの情報を持った賢者であったはずである。
塩土老爺は海を舞台に他国との交流や交易によって各国の情報を把握していたからこそ、的確な答えが出来たと言える。塩土老爺こそ海人族を統括していた海の長官であったのである。
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