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2012.02.15 振り返れば
創作を書いた動機は単に文章になれる程度の感覚であった。六十の手習いで、苦肉の策だった。
だから、そう大きな構想があったわけではなかった。思いつきで出発しただけである。ただ、古代史と推理構想は前提としてはあった。
そうした経過で、佐伯とか大伴の命名が出来たわけです。三ヶ月経た今、図書館で「今昔物語」を読み、久米の仙人に行き当たったのである。私も久米の仙人については、スケベ親父が女の行水を天から見ていて、俗界へ転落して、女と暮らす。といった物語を記憶していた程度である。
しかし、「今昔物語」では、意外に書き始めた筋書きの佐伯・大伴の登場人物と関係があることが分かった。
久米の仙人は仙人修行をして天に昇るのだが、修行にはもう一人いた。安曇仙人がいたのである。これは私が考えていた天孫降臨の話題に符合してくる。

直、「今昔物語」と同じように「扶桑略記」などがあり、そこには大伴仙人も修行をしていたと言う説もあるのである。

まるで意識したわけでもなかったが、期せずして共通の内容が存在していたのである。これは単なる偶然なのだろうか。この事実を文章修行に反映させたいと考えている。
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