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3・13の報道で岩手の釜石の釣り船が兵庫県沖で見つかった。
津軽海峡を横切り、対馬海峡に逆らい如何して兵庫へと漂着したのだろう。

自衛隊は他説を述べる。太平洋を大きく迂回して南九州で黒潮に乗り、対馬海流に乗り換え兵庫に着いたという。

私は南海の土器を調べていて、種子島の中種子町・熊毛郡納棺・大薗遺跡で、東北地方の縄文晩期の大洞(おおぼら)式土器が出土しているの発見した。上村俊雄は大洞式土器が「2000数百年前に海を越えて薩南諸島に齎されたとしても不思議がない」と述べているが、それがどうしても理解できなかった。しかし、偶然にも、今度の兵庫で岩手の釣り船が見つかったと言う記事を知るにつけ、東北と薩南の交流が可能であったと言う事実を知ることになった。

もう少し詳細な海流の流れを知りたいと思う。
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