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東日本大震災は様々な事変を我々に齎した。

行政の緩慢さ、庶民の底力、原発の怖ろしさ、哀しい追悼式の鎮魂歌。

私にとって、天皇陛下の追悼の辞も心からの感動を貰った。多分、陛下は手術後の健康状態はそれ程良かったとは思えない。医者はなるべくなら安静をと進言したはずであろう。そこに私は君主としての誠意を感じた。
かつて、私は天皇制には否定的な人間であった。今でも、我々の占領軍の遺族や被害者にとって有利に働いたとは思わない。しかし、天皇制の起源を探究して行く過程で、嘗て程、単純に否定的な姿勢をとることは出来なくなった。

戦後史で現在の日本の状況を創り上げたのは、米国と吉田茂を中心とした保守勢力であろう。天皇はその中で、どういう状況にあったのか、私は今、検証中であるが、少なくとも、昭和、平成の天皇は誠実に日本の象徴として機能していることは事実である。まだ、私は心の中での結論は出ていないが、3・11追悼式では天皇の姿は心に残ったのは事実である。

もう一つ、岩手に釣り舟が兵庫県沖で見つかった報道に私は非常に興味を注がれた。

戦後史の延長、神武天皇を調べている過程で、ニニギ命の天孫降臨の根拠探しで、野間半島のかこいノ原遺跡で出土した丸ノミ式石斧を分布域を調べていて(それは一万年前の阿多族の丸木舟の製作に関わる)、その領域が南九州から沖縄にまで広がっていることが解った。その一つに、種子島の大薗遺跡で縄文晩期の東北・大洞(おおぼら)式土器が見つかっている。(上村俊雄は大洞土器が2000年前に海を越えて薩南諸島に齎されたとしても不思議がないと述べている)

私の理解では、日本を取り巻く海流は南から北へ太平洋は黒潮が、日本海は対馬海流が流れ、北から南には、リマン海流と親潮が流れているのは了解している。
しかし、黒潮や対馬海流が齎す伝承や事実は数多く知ってはいるが、反対に北から南へのそれは理解が及ばなかった。

そこに今度の兵庫県沖で発見された釣り船の経路は私にとって大変興味を引くことであった。
もし、つり舟の流れた経路が具体的にどういう海流の流れを通ったか解れば、種子島の大薗遺跡の大洞式土器の経路が明らかになると同時に、縄文時代の舟による遠距離交流があかされることにもなる。
それは、ニニギ命や安曇氏・久米氏の江南の野間半島上陸の一助にもなり、古代において海人族の役割が顕著な事実にも証明の可能性を残す。

そして、私の想像力は益々、膨らんで行くのである。楽しいことではないか。今回の漂流が詳細に解明されることを望む。
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