上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
なるべく毎日、文章を書こうと決めたのだが、これが大変難しい。毎日書いていると、書く素材がなくなるのだ。
今日は今日とて、行き詰まる。

そこで何となく、関裕二の「浦島太郎と武内宿禰」に目を通していて、彼が浦島と武内宿禰を結び付けようと、仮説を展開するのを見て、その説は少々無理があると考えていて、ふと「浦島物語」は海人族の漂流説話なのではないかと考えた。「まろびと信仰」の一端で、南方漂流の経験が、異文化接触の驚きや憧れを神話化したのかもしれない。

漁師・浦島は亀(目なし籠)にのって竜宮(南方の異国)に流れ着き、そこで自分達の生活とは異なる生活様式や思想(考え方)に触れて、その地の人々に歓待されて、時間(月日)を忘れる。しかし、彼は故郷が恋しくなり、帰郷しようと決心する。帰途は苦難の連続でかなりの時間を要した。浦島はかの地の女性から贈られた玉手箱を持って国に帰る。玉手箱は異国の優れた生活様式や哲学であろう。そには父母は死に家は他人に渡ってきたに違いない。そこで彼は玉手箱を見ながら途方にくれる。と言うのがこの物語なのではないだろうか。

そしてもう一つ「古代の大王(天皇)」について。

ふと、古代大王は縄文からの呪術者の系譜ではないかと思いついた。多神教である巫ゲキがそのそこに宿っていて、天皇に継承されている。天皇は巫ゲキで人智を超えた超自然的な能力を持つ呪術者であったと思われる。あくまで、縄文の呪術者が天皇制に継承されていると言うのは仮説であるが、一考に値する。

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/333-03634afe
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。