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AIJ門題は淺川某の悪巧みであることは明らかであろう。陸山会判決流で言えば、絶対に有罪である。しかし、今の司法界は選択思想が横行していて恣意的に犯罪の量刑を選ぶ不思議な世界である。

この年金保険料使い込みの根は、やはり、小泉・竹中の米国要求・アメリカかぶれの規制緩和の副産物であろう。当時の政府は天下りに対して、その防止を規制していれば(官僚と小泉・竹中は同族なのだから無理か?)、あんな投資会社は厳しく監査され、存在しなかったであろう。その責任はご両人はどう考えているのだろうか。「蛙の面に小便」なのだろう、どこ吹く風であろう。そのくらい無責任でなければ、政治家は務まらないだろう。彼等は結局、消費税増額や年金減額でお茶を濁すはずだ。

だが、私は思う。あの悪人、彼は悪知恵を振り絞ってあの手この手の資産隠しを画策しているはずだ。そんな悪の栄える状況を作ってはならない。

淺川某は貧困のどん底で最低限の生活の中で財政的な罪滅ぼしをすべきである。
そのためには、刑事犯罪はもとより、関係各社は民事裁判で徹底的に淺川某の財産を没収すべきだし、監視すべきである。心の緩んだ日本人は、心優しく淺川某を開放してしまうだろうが、それでは社保庁の第一次使い込みのでたらめな保険金流用を再び許すことになる。いつもその尻拭いは弱者が負わされる。

私は関係各社が徹底的に民事裁判を実行すべきで、淺川某のぬくぬくとした人生をさせてはならない事を望む。重ねて、厳しく淺川を罰して欲しいのである。


この文章を書いていて、いささか欲求不満気味であることが感じられる。
と、言うのは、今、私が読書と物書きにしか出来ていないからである。嘗て、私が信用していた作家で「花田清輝」と言う人がいた。昭和60年代の学生運動の精神的主柱の一人であった。

その花田師は運動家と言うより、哲学者といったほうが正しいかもしれない。花田は書斎から動かない。書くことは過激だが、文化や政治運動には集団を作らない。私は20歳代でその非行動的な態度が不満であった。それを質すと、「馬鹿野郎、10年速い」と怒鳴られた。その時は、腹の中で「この偽善家」と呟いたものである。

しかし、現在、私はその偽善的立場にいる。しかし、経験の蓄積はその「偽善」を包括する。漸くそのことが理解できるようにはなったが、花田のように毅然として落ち着いていられないのは、性分なのだろう。まだ、行動に対する未練が残っている。残念ながら、この歳では運動や行動の推進力が残っていたいのを理解すべきなのだが、やはり、集団の行動のあのエネルギ~は得がたい魅力がある。いやはや。
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