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政治資金規正法違反に問われた小澤一郎氏は検察審査会の強制起訴を退けた。無罪判決である。
検察が起訴できない案件を、捜査権もない検察審査会が判決以上の結論を出せるわけがないと、素人の私でも判断が付く。識者も審査会が無罪決定を覆すことは常識的には考えられないと話している。これも私には理解が出来る。

それなのに、検察審議会の弁護人は控訴だそうだ。私には理解が出来ないのである。勘ぐってしまえば、司法以外の判断が操作しているとしか考えられないのだ。

判決の中には検察を非難するような文面もあり、それは「田代検事の取調べ調書」に対する件であろうと私は思うが、皮肉を込めて言えば、こちらの方が検察審査としての重要性があるように思う。そのことには弁護側にも国会議員にも一言も触れることがない。私に言わせれば、審査会の弁護士もそのレベルの頭脳の持ち主だと考える。本当の正義と言うよりは、職業としての損得勘定で動いているようにしか思えないのである。否、太鼓もちののかもしれない。

もう一皮剥いて、もしこの訴訟が小澤ではなく、「私、個人」に置き換えてみると、身の毛が立つほど恐ろしい。つまり、微罪で起訴をされ、根堀り葉ほり罪を穿り出そうとする卑しさが垣間見られてこんな弁護士には私は弁護を頼みたくはないと考えてしまう。ここにも、野田氏のように他人に操られた傀儡(くぐつ)の存在を見る。
私が最も大事にするものは「自立」である。ここには他律の雰囲気がぷんぷんとする。

後記・(5・12)
やはり検察審査会の控訴は作為的なものであった。
三人の弁護士は、大室俊三氏、山本健一氏、村本道夫氏である。彼等の談話には温度差がある。
村本氏は、三人だけで控訴を決めるのは気が重いと述べている。
山本氏は、控訴で裁判を無用に長引かせると言う考慮がある。と言う。
大室氏だけが自信満々で三人が一致して控訴したと述べる。その談話から推測すると、大室氏が強引に控訴を主張して、控訴に持ち込んだと思われる。
私は山本・村本氏には苦悩した弁護士の姿を感じる。これは玄人の悩みであろう。それに比べ、大室氏はど素人か頭でかっちの職業人か、傀儡者であろう。どう言う経歴の先生か知らないが、官僚に似た人間なのだろう。私も裁判を仕掛けた人間として、濁った感覚がする。制度や世の中を濁らすのはこういう人間なのだ。もっと弁護士としての自覚を促したい。
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