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十歳頃の話です。私は浜田山に住んでいました。小さな町で一面畑が連なり、鎌倉街道を南へ下ると、神田川に行き着きます。そこは盆地状でその周囲は水田が川を挟むように整然と並んでいました。秋ともなると、稲穂は黄金色に輝き、まるで神田川の頂(いただき)、八幡神社から眺める光景は絨毯を敷き詰めたやうな見事な眺望でした。
神田川は澄み切って、川底がはっきり見えてウグイがその流麗な姿を現しています。水温はあくまで低く。暫らく川の中にいると唇が紫色になったものです。
神田川の水源である井の頭公園の池は沸き水をたたえて、そこから今にも竜が飛び出してくるかのような美しさでした。春ともなれば、桜が満開で池の水面に映える光景は一福の絢爛たるパステル画を思わせました。

しかし、今はどうでしょう。水は濁り、水源である湧き水は完全に涸れてしまっています。吉祥寺のビル建設による造成が地下水脈を涸らしてしまったのです。私が十六歳頃には、浜田山も宅地造成が続き、排水を神田川に流したため、水は濁り、醜いヘドロで灰色の川藻が底を覆って悪臭さえ漂っていました。

現在は少しは改良されて川に生物は戻ってきたようですが、昔の清冽な川は望みべくもありません。一度、壊した自然の体系は元には戻らないのです。勿論、子供の頃、あんなに楽しみにしていた八幡神社の秋祭りは行われることもなく、今では苔むした古い神社でしかありません。隣には幼稚園が建てられ、にぎやかな子供の空騒ぎが聞こえます。聞くところによりますと、神社の経営だそうです。

私は八幡神社が好きでした。神社のウラの林はブナや楢、樫が生い茂り、クワガタムシやカブトムシ、それ木の樹液を吸いにアカタテハ蝶やヒョウモン蝶、マダラ蝶は群がります。それらの虫を採取することが私の貧乏生活を癒してくれたものです。
それらの想い出はもう帰ってはこないでしょう。哀しくもありますが仕方がないことです。
そんなことを思い描いていると、今の世の中が虚しく思われ、いたたまれない気持ちにさせます。多分、その原点が、私に様々な行為の衝動を掻き立たせているのではないかと思います。

だからこそ「東に美き地あり、青山四周らす」の故事が胸にしみるのではないかと、つらつら考えます。それは日本の国の本心ではないかと認識します。
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