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「青銅の神の足跡」の項目の中で、比較的知識の浅い「銅鐸」について、もう少し調べてみようと考えた。
銅鐸研究の所期の研究者の中で「鳥居龍蔵」の研究結果に私は大変、興味を抱いたのです。

鳥居は銅鐸の起源を、「苗族(みゃおぞく)」の銅鼓においている。銅鼓は祭祀・特に葬式の際の祭具で、首にかけて鳴らしている。その音は厳かで胸に染み入ると言う。銅鼓は、白川静教授の「字通」によれば、「南」ともいい、南はまた、江南の苗族のことも「南」と呼んでいると述べている。どうやら彼等は呪術を使う「山の民」らしい。
その彼等の祭具「銅鼓」は日本の「銅鐸」と同様に、地中に埋められていて、楽器であったと鳥居教授は語ります。

鳥居教授はこう述べています。
「銅鼓の古い形式のものは背が高く区郭のなかに各々、図画があります。今、東京で発掘のそれについて見ると、区郭内の図画は人物が長い木杵と臼とで穀物を搗く所、床の高い倉庫、家屋もあります。両端の上に舟もあり、楯を持っているものもいます。なかんずく、舟の近くに水鳥がいて、この鳥は「鷺」であります。鹿もいます。文様は(銅鐸と)良く似ていて、幾何学紋様と渦巻紋があります」と具体的に語り、これは著しく「銅鐸」と共通すると力説します。そして「南シナと我が国と地理的に最も近い、一衣帯水であります。もしも二者の間に船と言うものを以て連綴(れんてい)せば、全く橋梁のようなもので、往来は最も便利であります。かかる南シナと我が国との交通往来の道があるとせば、昔から人種学的の関係もないとは言えない」と述べます。

私は鳥居教授のこの説に痛く興味を覚えました。
そこで少し銅鐸を調べてみたいとの志向が芽生えたというわけです。
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