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「殺人のシネマ」と言う推理テレビを観ていて、「シネマ・パラダイス」や「広島・わが町」確か日本字幕では「二十四時間の情事」だと思ったがその映画だとか、G・コダ~ルの「自活」日本字幕では「男と女のいる舗道」、ベルイマンの「野いちご」などを思い出していた。特に、アラン・レネの「夜と霧」の記録映画風の固定カメラがじっと対象を凝視するカメラワ~クには静かな感動を覚えたものです。

イタリアンレアリズムは戦争記録映画の手法で手動カメラがその現実感、臨場感を出していて、A・レネ、コダ~ルやトリュホウ、シャブロ~ルに受け継がれ、日本の大島渚や吉田喜重、篠田まさひろなどに受け継がれていた。
私は当時、理論家の松本俊夫に傾倒していて(石の詩・薔薇の葬列・・・ピイタ~を売り出す)、河辺和夫の「不良少年」の冒頭の望遠レンズで、少年の戯れている光景を見据えた映像に目を凝らしたものだった。
そんな青春の映画志向を思い出して、ハラハラと涙してしまった。
結局、母の死で父親の面倒を見なければならなくなり、親父との格闘が映画を諦めさせてしまった。こんな所にも、戦後の影が差し込んでいるのである。・・・「たら」は女々しくはあるが、現実、私達の生活が自分の夢を閉ざしたのは事実で、後悔はしてはいないが、悔しくはある。

そんな思いが「殺人のシネマ」を見ていて、フラッシュバックして来て、涙が止まらなかった。
久し振りに大粒の涙を満喫した。

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