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神武東征の端緒はニニギ命である。この命は三男でその継続者彦火火出見尊は次男であり、神武天皇は四男である。明らかに、江南の末子相続である。
そして、安曇氏や久米氏、その混血である隼人には、文身・鵜飼の習俗そして犬祖伝説を持つ。これは中国南部の習俗であろう。一方、朝鮮系人種は儒教的であり、長子相続が基本で文身や鵜飼の習俗はほとんど見られない。彼等の始祖は鳥伝承で、犬祖との関わりは薄い。
その文化の相違は初期の南九州系と北九州系とは明らかに異なっている。但し、その文化の根源は中国文化が根ざしていて、朝鮮文化もそこに行き着く。
初期の命らの王妃は、ニニギが吾田姫、隼人との混血。彦火火出見がと豊玉姫は薩摩海人族の娘、ウガヤフキアエズは玉依姫、神武は姶良姫(隼人)と南九州の血縁で南方系の血を引いている。
特に、神武天皇の臣下はニニギの臣下である「久米氏」との関わりが深く、「久米氏」が加世田市の居住者であり、安曇目を施しているように安曇氏との関わりが濃く出ていて、江南との関係は顕著である。

こう文化の相違を分析して見ると、初期の王朝は江南の影響が顕著で、後に八世紀にははっきりと朝鮮系の種族が優位を占めてくる。天智天皇は百済系の血が入っているし、天武天皇は新羅系の血があると言いわれている。勿論、この頃は原住民族との融合は進んでいて「倭人」の血族の割合のほうが濃いであろう。
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