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私は古代史を考える時何時も民衆の視点を考えている。
大体、支配者は自らの自己宣伝のために書物を残すことは常套手段ではある。そこには庶民の声などは反映されてはいない。しかし、時代の繁栄は支配層の力だけで成り立つものではない。そこには庶民の力の集積がなければ成り立たないのは自明なことである。

3000年前の「古代エジプト」をNHKがファラオの側ではなく、庶民のケンヘルケプトと言う「書記」のパピルスから紐解いた放送は私には大変、興味の深い事柄を教えてくれた。

そこには子供の頃の勉強や問題集を載せ、若者の恋愛を歌い、書記になって仕事での苦労話、上司の横暴や部下の怠慢のストレスに悩み、苦労して仕事に取り組んでいる様を描いている。
彼が取り組む、様々な勉強の中には土地に関する数式や高度の数学の公式をも学んでいる。解説にもあるようにそれなの問題意識や解明法は現代人に劣らない深い学問とそれを応用した技術の現実化は見事と言う外がない。そこには、先人の学問の継承も行われ、後世に伝えるべく記録を残している。「古代エジプト」の繁栄はそのことを考えなくして成り立たなかったであろう。

3000年と言うば、日本は縄文後期である。青森県の三内丸山遺跡はそのからであるが、期せずして「古代エジプト」の集落が400人ほどとされているが丸山遺跡も500人ほどの集落だと言われているが人数的には考えさせる規模である。
エジプトの庶民はパンと肉、それにワインの食していて、骨粗しょう症も通風の形跡も見られる。それは巷間言われるように庶民は文化的に下級な生活をしていたのではなく我々と変わらない生活水準を維持していたと思われる。贅沢ではないが楽しい生活状況がそこには見られる。
繁栄とはそういうことであろう。上下が意思疎通してある程度の生活がなされていなければ続くものではない。

私は日本の縄文時代がい1万年続いた根拠もその辺にあると考えている。そして、文字を持たない日本人は何らかの方法でエジプトのように文化を継承していたと考える。それが口伝なのか印なのか今は解明されていないが何かあるはずである。
私はそれを縄文土器の文様や土偶の印、弥生時代には銅鐸の文様にその謎を解く鍵があるような気がしてならない。
文化は蓄積と継承がなくして進歩はないと思う。「古代エジプト」の放映を見ていてそのことを切実に思いあった。

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