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「古事記」の天孫降臨で久米氏の役わりは大変重要で、「日本書紀」とに大きな違いがある。

「日本書紀」は久米氏を天忍日命(大伴氏の始祖)が配下に従えている。しかし「古事記」では両将軍が平等で指揮を執るとしている。私が調べたところでは702年大和朝廷が薩摩の隼人討伐のため肥後国から出水郡と高城郡(現在の川内市)に肥の君、五木部(いおきべ)、大伴氏を隼人馴化のために送り込んだとしている(続日本紀)。つまり、この頃は大伴氏は大和朝廷で大きな地位を占めていたことになる。「日本書紀」は明らかに、その事実を反映している。(隼人の研究者・中村明蔵もそれを明らかにしている)私は「日本書紀」が政治的な書物だと考えているので、これは朝廷側の意向である。そこへ行くと「古事記」の表現はどこからきたのだろうとの疑問が湧く。

「古事記」の発生を調べようとの脇道に、はいらざるをえなくなった。
「久米氏」の始祖が高御魂神(たあかみむすびかみ、久米氏は八世の孫とある)との記事も確かめなければならないことが、私を「古事記の発生」に向かわせたのだが、最初からこの範囲が広く深いので躊躇せざるをえない。
戸惑い(時間と労力・・・私は年でそんなに時間がない)はあるがやはり知識としてなくてはならないだろう。

読み進むうち、これが思ったとうり、様々な項目が散在している。優先順位を決めるのにも苦労する。「発生」をどこで切り上げるかを考えながら、関係書籍を読み進めている。
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