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橋下氏は野田氏を激賞している。ついに、彼は本性を表した。つまり、国民の声がどうであろうと、「自分の思ったことを達成するにはいくらでも、悪に心は売るよ」そういっているのである。メフィストフェレス・橋下である。

彼には戦術はあっても哲学も持たない単なる愚者である。いや、彼の哲学は単に自分の主張を実行するには、誰でも裏切るよといっているのです。韜晦を装うヒットラ~に近い。ヒットラ~ほどのスケ~ルはないので始末が悪い。単純な力に頼る右翼であろう。

ドイツの悪の爪も始めは口当たりのいい甘言を弄して、結局は国民を奈落へ落とす。こういう人間は気をつけなければならないのです。排除すべき人間である。
野田も政見付かない苦難の時は、私達が納得する甘言を弄していた。(その政見は本心ではなく、商売だったのです)それと同じことをしようとしている。危ない、危ない。

考え方の総体は方法論と理論がある。方法論は手段であって、考え方の基本である。通常、形式論理学的方法論と弁証法的方法論がある。詳細は述べないが、私は日本人は弁証法論理が古来より身についていると思っている。
理論は哲学ともいえるし、考え方の根とも言える。

橋下氏は恒に、手段が先行し、理論はその時の情勢で変わって行く。彼は嘗て「勝たなければ意味がない」と述べている。つまり、勝つためには手段を選ばないというわけである。
彼は野田政見の掲げる消費税問題や原発再稼動には反対していたはずである。これは理論に基ずく者であるはずである。しかし、今度の「野田激賞」は彼が変えない態度を示している。そうだろうか、この短期間で言えばそのとうりである。しかし彼がこの年まで経験もし、勉学を重ねた結果である政見をいとも簡単に変えている。つまり、内容はどうでも、「変えない精神」偉いというのだろうが、これは軽率な愚者の甘言である。大事なのは理論なのだ。それを等閑にすると、不誠実な事なかれ主義に落ちてしまう。これは決して、許してはならない言動である。

橋下氏は弁護士として、再犯問題で暴言を吐いたことがある。彼は確実に固定観念があって、それを買えることはない。ただ、彼はその危険な観念を隠している。推測は出来るが、彼は自らそれを表で証明すべきだ。野田政権のように裏で談合すべきではない。もう隠し事の政治には終止符を打つべきなのである。
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