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結果的にl古事記」には<現存>と<原>古事記があり、「原古事記」は古くそれは後宮の巫女が歌語りをして古事記の原型になると言う。
その巫女が語る「古伝承」は古言(ふること)であり、「歌語り」「神語り」と歌唱化する伝承は、地母信仰や母子信仰に繋がる。それは創生神話や宇宙起源へと深化して行くことは考えられる。しかし、大和岩雄はそこに留まってしまう。
私はもう一つ、「古事記」に現れる「古老」の伝承に注目する。巫女の伝承が先住民族の伝承だとすると、古老の語り部は海を核にした海人族の伝承と言える。その中心人物が「塩土老爺」であろう。これは渡来神話が中心になるが、南九州の伝承には先住民神話と南方神話が融合しているだけに、渡来神話も重要であろう。

「続日本紀」養老三年十一月二十四日条

<忍海手人広道に久米直の姓を賜ひて並びに雑戸の号を除く>

天津久米命(久米直の祖)は高千穂の襲の地から野間半島の笠沙に軍を率いて先導した。その後、神武天皇に従い大和の地で健闘している。これを見ると、久米氏は神武天皇の直系であろう。それは天武天皇にまで続き、久米氏は衰退していただろうが、皇族の直系であったのだ。
それが「手人」(技術者)に与えられたのは、その勢力の衰退は目を覆うばかりであったと言える。
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