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私は「久米氏」の祖・天津久米氏を調べ初めてから、「古事記」と「日本書紀」の扱いが異なっているのに疑義を持ち、どちらの書物が信用できるかを確認しようと模索し始めました。

今の所、「古事記」に真実性があるような気がしますが完全ではありません。多分、「日本書紀」はあくまで政治的な姿勢で貫かれており、そのための表示が行われているようです。
「古事記」は<ふることのふみ>として古伝承に真実味が窺われます。大和岩雄氏の説かれるように、天宇受売命を祖とする猿女君(稗田氏の祖)が歌語り・神語りとして大歌所で伝承して「古事記」に反映し、それを管轄した<オホ氏>が「古事記」に記したと言う、仮説は大変面白いと思います。
<オホ氏>は神武天皇の子、次男・神八井耳命で長男は日子八井命です。(三男は神沼河耳命)・・・・「古事記」(ここで疑問、何故長男には<耳>がつけられないのでしょう。「ミミ」は尊称を超える神に近い尊称です)

<オホ氏>の本拠地は大和国十市郡田原本町多でそこには小子部氏(ちいさこべし)と茨田氏(まむたし)の里があり、親近性があるはずです。それなのに「古事記」ではその茨田氏は排除されています。何かあったのでしょうか?

大和氏は茨田氏に二派あり、「姓氏録」に百済系渡来の新興・茨田氏を嫌い排除したと説いています。

確かに理解は出来る説明ではありますが、何故か腑に落ちません。茨田氏の祖は日子八井命で何か「古事記」はよそよそしいのです。つまり<ミミ>の問題です。

話題は飛びますが、「高御魂(たかみむすみ)命」と「神魂(かみむすみ)命」です。何故「神魂命」には「御」が抜けているのでしょう。当然、意味があるはずです。(御もミと読み尊貴な名称です)一説には高御魂命は天孫族を統率し、神魂命は国津神を統率する「差」であると言います。確かに、高御魂命は高天原を統括し、神魂命は出雲と深い関係があるように思います。理解は出来るのですが合点が行きません。と言って確証があるわけでもないのです。

同じ思いが、<オオ氏>と<茨田氏>にもするのです。兄と弟の問題でしょうか、地位の上下の問題でしょうか。
兄弟の問題で言えば、末子相続が継承されている世代でしょう。しかし、末子は神沼河耳命です。直接的な関係は成り立たないように思えます。

やはり、渡来人問題でしょうか。

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