上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この久米の仙人の話は非常に興味を引く。
出典は不詳となっているが、「久米寺流記」「諸寺縁起集」「元亮釈書」「扶桑略記」にも<古老相伝>として関連記事として収められている。

先ずは、その最初の部分を覗いてみよう。

「今昔、大和国、吉野の郡、龍門寺と云う寺有り。寺に二の人籠もり居て仙の法を行ひけり。その仙人の名をば、一人を安曇と云う、一人をば久米と云う。然るに、安曇は前に行ひ得て既に仙に成て、飛びて空に昇りにけり。
後に、久米も既に仙に成りて、空に飛びて渡る間、吉野河の辺・・・・・」と書き出す。

ここで興味あることは、<安曇氏が先に免許を皆伝していて、後に久米氏が続く>ということと<仙の法>を行って居ることである。また、「久米寺流記」と「扶桑略記」にはもう一人「大伴氏」を登場させていることである。

ここでは明らかに、初期の天孫の神話の登場人物が揃っている。久米氏と大伴氏は「天孫降臨」の際の「襲」から「笠沙」への先導者である。また、安曇氏は中国・江南からの海人族である。「仙の法」は江南の道教の教えである。「安曇氏」と「久米氏」は共に仙人の修行をして、安曇氏のほうが先に会得して、久米氏が遅れをとると言うのが象徴的である。
私は「安曇氏」と「久米氏」は同族以上の間柄で、同一氏族の可能性があると推察している。そこで久米氏と大伴氏の挿話は「古事記・日本書紀」で語られるニニギ命の先導説話が関係しているように思われる。

つまり、薩摩の政治状況がここに反映されているような気がして、そうすると、「安曇氏」と「久米氏」の関係が濃厚な証左であると言える。勿論、そうは単純ではないだろうが、煙は立っているではないか。興味がある文献である。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/451-91692079
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。