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中々、風邪が良くなりません。しかし、咳で困っているなかでも、隼人と安曇のことが気になって仕方がないので、メモをとっているうちかきたくなって、器械に向かってしまいました。

私は安曇海人族説にこだわっています。安曇氏の祖は綿津見神でその祭神は安曇磯良です。

以前、私は滝川政次郎の江南海人説を支持し、隼人の南九州説を訂正しました。安曇磯良は北九州の対馬・志香島に祀られた安曇氏本貫の神です。それは安曇氏が北九州所属の海人族のような印象を受けます。
そして、南九州に渡来した安曇族が(私の仮説ですが)、隼人に吸収されたことにより、事実上、消えてしまったこともあり、北九州に在住した安曇氏だけが残ってしまうことになってしまったのです。

私は隼人と安曇氏の同族性はその基本的な性質から、安曇氏は隼人との結合によって隠れてしまったと推察しています。(何度も言いますが、その証明が暗中模索です)

磯良が八幡愚童訓にあるように、海中の呪術者(または精霊)であり俳優(わざおぎ、ここでは細男舞の舞手)であること。また、隼人が狗の遠吠えの呪術者で日本書紀に見るホスセリ命の末裔で彦火火出見命(山幸彦)に従属し、弟の山幸に俳優(わざおぎ)として仕える逸話は、基本的には呪者と俳優の一致を見ます。
更に、安曇氏が初期の天皇に膳手(かしわで)として、食事とその後の宴会を取り仕切っていることも隼人と安曇の関わりを思わせる要因になると思います。

膳手(かしわで)とは、縄文時代には柏の葉を皿の代わりにしていたことから名ずけられたと言う。ここにも歴史の継続性が現れている。

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