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神武東征を追求しているうち、「古事記」の制作状況まで調べることになった。つまり、書かれた内容がどういう目的で作られたのかを知らなければその内容が正しいのか、そこに作為があるのかの判断が出来にくくなる。相対的に、「日本書紀」のほうが作為に満ちているように思う。

それは「日本書紀」の編者にある目的性があるからだと思う。帝紀を書くように見せながら、そこにはある種族をk誇示しようとする意図が感じられるからである。まだ、資料の読み込みが少ないので、仮定に過ぎないのだが、どうやら、文章の行間から、策士・藤原不比等の顔がうかがい知れる。

多分、「古事記」は天宇受売命から猿女君、稗田氏と続く、歌女が伝承する「天語り」「神語り」を歌に載せて伝承していったと思われる。朝廷の後宮でそれは密やかに語られ、「大歌所」として残って行く。それを管理するのが「多氏」で柿本人麻呂(小野氏の系譜)などが実際的な指導を行っていたといわれている。
語り部と言われる集団がそこには存在していた。

一方、「日本書紀」は藤原不比等が画策した学者や語り部、識者を動員して資料を収集して(古文書や風土記など)、ある政治的な史実を書きとめてゆくのである。「旧事」や「帝紀」は勿論、各地の伝承や言い伝えを収集し、権力に物を言わせて、膨大な資料を集めたに違いない。その中から、自らの部族に都合のよい事項を抜粋して、「日本書紀」として編むことを推進して行ったのであろう。

そう考えて行くと、本当の史実がちらちらと顔を見せてくる。私は今、その少ない事実を拾い出しているとこらである。
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