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彼は日本人を称して聖徳太子の「和」の理念から、物事をはっきり決めずに進む大和思想がこのところ顔を出すと述べていましたが、彼の認識は浅い。日本人の発想は縄文時代から続いていた。

全面的に賛成できかねるが、戸矢学と言う人の「ニギハヤヒ」を読んでいて、スサノオウと共に追放された五十猛は新羅の會市茂梨に天降ったが、スサノオウは、「吾は、この地に居ることを欲さず」と息子の五十猛と共に日本へ戻る。五十猛は、多くの樹木の種を持っていたが、韓国には植えずにすべて持ち帰り、筑紫から始めて八州国のほとんどに植えたので、青山なす国になった。と書いている。
つまり、日本は砂漠の遊牧民族とは異なり、死を背景に生き抜く過酷な生活を与えられては居ない。一つの獲物のために当面の相手を殺すことはなかった。森には鹿もいればウサギも出没する。木には木の実がなり手を加えれば食料に代わる。多少の遠出をいとわなければ、魚介類は海にある。生きるための選択はあれか・これかではなかった。そこに、古来からの宗教観・アニミズムが存在するのである。
聖徳太子が「和」の思想を生んだのではなく、日本人一人一人の心の奥に「融和」の観念が沁み込んでいるのである。

優柔不断さや行き着かなければ決断しない度量は、そうした恵まれた自然界に囲まれた豊かな精神がなせる業なのである。
私はこの鷹揚な精神は現代において貴重な遺産であると思っている。

何故か、先送りを欧米から揶揄されているが、もう一歩先を考えて、その日本人の特性を生かすべきだと常ずね思わざるをえない。
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