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「丹後国風土記」(和銅年間・714年)に説話では、仙女に伴われて海の仙宮に入る経緯は同様だが、浦島は筒川の人夫・日下部首の祖先で、三河・筒川島子といって「容姿秀美」の男性だった。
「日本書紀・雄略紀・二十二年の条」
秋七月、丹波余社(よさ)郡筒川の人、水江浦島子、船に乗りて釣り、遂に大亀を得たり。便ち女に化為(な)る。是に於いて浦島子、感(めで)て婦(つま)と為し、あい従いて海にはいり、蓬莱山に至り仙衆(ひじり)を歴(めぐ)り観る。

この伝承から、私は海人の浦島子を思い描く。縄文から丸木船で航海をしていた漁師たちは、かなりの航行のベテランであったろう。その海人族が海で遭難して、異国に流れ着き、その国で運良く歓待され、異国人に寛容な種族は物事にこだわりのない、南方諸島の資源豊かな国であったのだろう。島子はそこで留まり、居心地のいいまま、三年を過ごしてしまった。南方諸島は航行に優れ、その技術をも伝授され、その文化の高さに学習して、帰国したと言う漂流譚の伝承であったと思われる。

私は神話や伝承には史実や事実が反映されていると言う信念がある。これからもその信念で、神話や民話、伝承を紐解いて行こうと思っています。

私は浦島子説話を読む時、ヒタチ島を描いた画家・ゴウガンを思い出す。有楽の南海の島・タヒチと共にそのそこでは無気味な黄泉の視線を感じるのです。横たわる褐色の肌をした島の女の視線はイザナミを思わす刺すように暗く光る目とその美しく横たわる女の曲線は快楽と畏敬の眼差しをたたえている。

浦島の心境もそれに似た畏敬と喜びに満ちた眼差しのように思われてならない。
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