上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
渡来民が土着性の強い村に流れ着いたとしたら、そこでは命を賭けた争いが興るはずだ。それは村民がその地に対する執着が強いからである。その保守性は頑なで排他的である。

上対馬町の三宇田に伝わる「花宮御前」の伝承は、空舟(うつぼぶね)で漂着した「花宮御前」を村の有力者が御前を殺害して、全財産を略奪した話である。(ここにはもう一つ、祟りの逸話が要素としてあるが)
小浜市矢代では「手杵際」が行われ、羊歯を頭にかぶった男の神役が、侵入した外来者を殺して、財宝を奪うと言う行為を祭祀化している。
また、八重山の「マユンガナシイ」の祭りにも見られる外部から村に侵入した異人を警戒して殺害する話が伝わっている。

私はこの異人殺しの伝承は、村の人々のその土地を守ろうとする強い保守性から来るのだと思う。それは海人族より土地と格闘をした執着心や愛情があるからである。「山の民」や「農耕民」の宿命だろう。

私が二三の異人殺しの伝承を見つけたのは、野間半島の漂着の状況が知りたかったのです。「古事記」や日本書紀」には漂流者の殺害が少ない。しかし、自分の故郷を守るためには侵入者を排除するのは自然の成り行きと考えるのが順当だろう。そういう意識が私にはあって、調べ始めたのだが、海人族といわれる南九州にいはそういう伝承が少ないのだ。
その中で、印象的なのは野間半島の「馬祖伝承」である。

「馬祖伝承」は中国・江南の馬祖神信仰である。馬祖は女性で巫女と織姫の要素を含んだ神秘的な予言者である。
ある日、漁に出かけていた父と兄が遭難した夢を機織の最中に夢見てしまう。彼女の脳裏に移った光景は、兄は遭難でう海の藻屑となり、父だけが助かると言う予言であった。その予言は当たり、兄は海で亡くなる。
そこで、妹は海へ身を投げて、誓う。これから海で遭難した漁師を私が救うと。

その伝承が、「馬祖信仰」として漁師の間に広まっていったのである。それが野間半島の海人族にまで定着して言ったと言う。
「馬祖」と「野間」の語感が似ていることから伝承が伝わったと言う説が膾炙しているということだが、私は多少の疑念を持っている。
ただ、野間半島には、神吾田鹿葦津姫が海の巫女的要素の濃い存在だけに、「馬祖」との関わりが皆無とはいえないような気がする。これも江南伝承の一つであろう。

一体に先住民が保守的なのは自然の成り行きであろう。土地や森林の整備は自然との闘いで自然は幾多の命を奪って行く。つまり荒魂である。大和民族は自然を畏(おそ)れ、怒(いか)る。しかし、それらの尊い実りの源を守るために、原住民は異民族に対して、それを排除する意識が働くのは、自然の成り行きであろう。

私が南九州が先進的だと思うのは、そうした保守性が古代史から窺われないのである。
私はその原因が所謂、薩摩隼人が新石器時代から、丸木舟を御して航海をして、既に他民族、他文化との接衝があったからと推定している。そのために、彼等の思考法は柔軟であり、解放的革新的である。だからこそ、江南からの異民族を受け容れる器量を示したと考える。私は南九州が狭い地域に留まったのは、国見山系であり、霧島山系であったと思う。あの険しい山々がなかったなら、南九州の先進性は北九州にまで波及していたと考えている。彼等は海に執着したからこそ、他国への侵略の志向を排除したと思わざるをえない。誠に日本的な発想である。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/483-b5852aa7
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。