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常ずね、不思議に思っていたのだが、あんなに神武天皇の大和上陸に功績があった物部氏の祖・宇摩志麻治命は結局は島根の岩見に流されて、物部神社に祀られる。しかし、七世紀頃までは、物部氏は天孫族の重臣である。
一説では、反朝廷の物部氏は長髄彦と共に東北に逃れ、安倍氏となる、と言う。
すると、宇摩志麻治命は反朝廷だったのか、或いは裏切り者として、景行天皇のように、天皇の策謀に乗ったとしても、父親を殺害した長女の市乾鹿文Uいちふかや)のように抹殺されたのだろうか。しかし、思うのだが、天皇勢はよく策略を弄する。そのくせ、策略家を嫌う。何と自分本位の血筋なのだろう。
宇摩志麻治は岩見で生涯を終わったと言う。島根は反大和派の出雲族の本拠地であるはずだ。皮肉といえば皮肉な流れではないか。
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