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2012.09.16 古代史覚書。
私は古代史の始まりを九州に置く。九州は南北に分ける。明らかに、北と南とでは文化に相違がある。

南は中国・江南の影響が強く。北は朝鮮半島に影響されている。先ず、九州は南から開ける。縄文時代は南の薩摩・日向が高度の文化を開花させる。私は會(大隅地方)の上野原遺跡に注目する。
上野原は紀元前一万年に既に定住を始めている。集石遺構は肉や魚を蒸している。連結土坑は燻製を始めていた。石皿、敲き石等御は堅果食物を粉にして加工していた。円筒土器や大壺は貯蔵や運搬に使用されている。土偶や耳飾りは呪術的用具であろうか。竪穴式住居が220基ほど出土している。二筋の道路は排水と通行のためであろう。その先端は泉に到達している。
これは明らかに定住の徴である。いや、既に合理性と目的意識を持った都市化の理念が内蔵されている。
さらに、野間半島にはかこいノ原遺跡が発見されている。(現・加世田市・・・笠沙の地)時代も上野原遺跡と同等に紀元前一万年である。出土品は上野原に近いが、ここには竪穴式住居は見当たらず、特徴として「丸ノミ式石斧」が出土している。これは丸木舟を製作する用具で舟の出土はないが、恐らく舟の製作は行われていたと推測される。
この丸ノミ式石斧は、大隅諸島、トカラ諸島、種子島から沖縄まで海人族の文化圏を形成していて、一連の南方諸島との交流があったと考えられる。これらの島々は黒潮の関係を考慮に入れると、比島から江南地方まで繋がって行く。

但し、九州は三度の大災害(火山の大噴火)に見舞われている。薩摩カルデラ、桜島噴火、最後に6300年前の喜界カルデラ噴火である。よくこの現象をボンベイと比較されるが、それは本質的な相違がある。ボンベイは一度であるが、九州は三度の災害に見舞われ、そのたびに再生している。この脅威的な再生力は九州特に南九州の底力であろう。
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